恋の奴隷【番外編】―心の音I-1
Scene10−膨らむ期待
「もう帰っちゃうの〜?」
「遠慮することないんだよ?なっちゃんはもう家族の一員なんだからさ」
朱李さんと昌治おじさんは、玄関先で名残惜しそうに私の制服の袖を掴んだままなかなか帰らせてくれないわけで。昌治おじさんはさらりと間違ったことを口にしているけれど、いくら訂正しても完全に聞く耳持たずという状態なため、私も半ば諦めている。
「ナッチーだって困ってるだろ!?もういい加減送ってくるから!」
「お、お邪魔しました!」
ノロに押し出されるように玄関を出ると、外はもうとっぷりと日が暮れていて、民家の明かりと街頭の明かりがぽつんぽつんと灯っているだけだった。
「ナッチー、遅くまでごめんな。疲れただろ?俺の家族、あんなんだからさ」
駅までの歩き道、ノロは申し訳なさそうに眉を下げてそう言った。私達の歩幅に合わせてついてくる足音が目立つくらいに、辺りは静まり返っていた。
「まぁびっくりしたかな。でも明るくて素敵なご家族じゃない」
ノロの家族は揃いに揃って個性の強い人達ばかりだから、最初のうちは圧倒されてしまったけれど、そのおかげで楽しい時間を過ごさせてもらったと思う。家族と一緒に夕飯を食べる日常のワンシーンでも、私からしたら羨ましい。
「それに、ノロがこうなったのも納得」
「こうなったって?」
「人の話しをちゃんと聞かないところとか、昌治おじさんにそっくり」
思い出したら笑いが込み上げてきて、喉の奥で笑いを噛み殺しながら、やっぱり親子ね、と言った。
「に、似てねぇよ!ありえねぇ!」
「あはは!お嫁さん候補だなんて言い出すから驚いたけどねー!」
「そ、そのことなんだけどさ…俺、ナッチーのこと好きだよ!ゆくゆくは結婚したいと思ってる!」
笑い声と足音がぴたりと止まって、ノロの声が静まり返った住宅街に通った。
「えぇっ…!?じょ、冗談はやめてよぉ」
「冗談なんかじゃねぇよ!この前はうやむやになっちゃったけど…今度こそナッチーの答え、聞かせてくれないか?」
ノロは悩ましげに眉根を寄せて、私を見詰めている。その真っ直ぐな瞳に吸い込まれてしまいそうで、私は思わず視線を下に落とした。
「え、えっと…あの…」
言葉に詰まって言いよどんでいると、不意に身体が後ろに持っていかれて。
「近所迷惑」
やけに耳の近くで聞こえる少し低めの声。この声の人を私は知っている。
「は、葉月!?」
私は葉月君に後ろから抱かれるようにして、その腕の中にすっぽりとおさまってしまっているようだ。葉月君が前屈みになっているせいで、顔と顔の距離がやたら近い。心拍数は一気に跳ね上がって。