恋の奴隷【番外編】―心の音I-4
「夏音、顔真っ赤」
不意に彼が私の前に顔を覗かせて、ガラス玉のように透き通った色素の薄い彼の瞳に、目を丸くした間抜けな自分の顔が映る。頬を手の平で撫でられて、ますます私の鼓動は猛スピードで打ち付ける。後ろに身を引こうとしたものの、呆気なくフェンスにぶつかってしまった。
―ど、どうよう…
「ふっ…」
葉月君の表情が緩まって、私の髪を指先で絡めて弄びながら、口元に笑みを薄く浮かべる。
「な、何…?」
私は困惑気味に眉をひそめてそう尋ねた。
「決めた」
葉月君はいつも淡々とした口調で、ぽつりぽつりとしか言葉を話さない。だから、彼が何を考えているのかちっとも分からず、私は首を捻った。
「僕のものになりなよ」
そう耳元で囁く声が聞こえて、私の頭は真っ白になってしまった。
「…なっ、何、言ってる…の…」
混乱と動揺で上手く言葉が出てこない私は、瞬きも出来ずに葉月君を凝視する。
「ね、決まり」
「ちょっ!?勝手に決めないでよ!」
悲鳴のような声を上げる私に、何が不満なんだと言わんばかりに、葉月君は眉間を寄せて、怪訝そうに顔をしかめている。
「まんざらでもないくせに」
目をこれでもかってくらい吊り上げている私に、葉月君はちっとも動じず、冷めたように鼻で笑ってそう言った。
「それと。僕、殴られるのとか嫌いだから」
凍りついてしまうような低く冷たい声で、葉月君はそう言った。振り上げた腕を掴まれて、何も言い返すことが出来なくて。
感情のない冷めた瞳―。私は唇をきつく噛み締めながら、睨むようにその瞳をじっと見詰めた。
「その目、いいね」
笑いを含んだそんな声が微かに聞こえた。
すると、柔らかいものが私の額に触れて。
「な、に…?」
正常に動かない頭で、なんとか絞り出した声は、幾分掠れていた。
「こっちが良かった?」
葉月君は私の唇を親指でなぞって、くすっと小さく笑みを零した。
「こっちはまだお楽しみ」
口を開け放して放心する私に、葉月君は妖艶な笑みを浮かべてそう言った。
―どきっ。
鼓動が大きく弾んだ。胸の奥の方から熱を帯びて、じわじわと身体中の体温が上昇し始める。
ふざけた言動に腹が立たないわけがないのだけれど。怒りよりも期待の方がどんどん膨らんで。そんな自分の気持ちにどうすれば良いのか戸惑ってしまう。私は葉月君の顔をまともに見れなくて目を伏せた。
「面白くなりそうだ…」
小さくそう呟いた葉月君の声は風の音に掻き消されて、私の耳に届くことはなかった………。