Rainy day vol.3-2
『…あ、もう茶葉ないんだっけ…』
ティーポットの茶葉を換えようとして立ち上がった私はそう呟いて足を止めた。
『茶葉?』
『そう。
気に入ってたやつなんだけど、買い置きするの忘れてて……。』
『春美さん紅茶好きだね。…あれは、アールグレイだよね?』
彼の言葉に私は目を見開いた。
好きな人間は分かるだろうけど…普通は分からないんじゃない?
『…よく知ってるわねぇ。』
『ウチの親も紅茶好きなんで少しは、ね。
今度、来るとき茶葉買ってこようか?』
『何が好きなの?』
試しに聞いてみた。
『…アッサムかな』
少し悩んだ後、普通に返された。
『楽しみにしてる。』
と、微笑んだ。
…律儀なこの子はどんな茶葉を持ってきてくれるのかしら?
・・しかし、その日から彼とは会っていなかった。
しばらく感傷に浸った後、管理人室に向けて歩き始めた。
このマンションは私の所有物だ。
帰国祝いにと祖父から貰ったのだが、忙しいため普段は現在の管理人に管理させていた。
「…沢村さん?」
「あら、春美さん。
引っ越しは終わりましたか?」
年配の女性はそう言って柔らかく微笑んだ。
「ええ。
荷物全部出しちゃったし、今日からはホテル暮らしよ。」
彼女は私がイギリスに行く前からずっと実家で働いていた人だった。
定年退職した今は地元であるこっちに帰ってきている。
それに目を付けたのは私だが…。
「比嘉のお坊っちゃんはご存知ですの?」
「あの子は何も……って気付いてたの?」
「比嘉の現社長の子供の頃にそっくりですもの」
彼女はそう言って微笑んだ。
「あの子が来ても、何も言わないでね。」
私の言葉に彼女は首を傾げた。
「そんなに虐めて…」
「…あの子にはもう少し強くなってもらわないと、ね。」
私の言葉に溜め息を漏らし、
「…畏まりました」
と、彼女は答えた。
「じゃあ、後は宜しくね?」
心の奥に晴れないものを抱きつつ、私は一年暮らしたマンションを後にした。
それから…
二週間ホテルで暮らしながら、仕事をしていた。
最後の日には送別会までしてもらった。…私としては、何の思い入れもない仕事場だったし、やっと離れられることが嬉しかったのだが。
まぁ、東京に戻っても似たようなものだろうけど…。
でも、ここ1ヶ月は楽しかったな…と、思い理由を考えはじめて、すぐに理由に思い当たった。
・・あの子と遊んでいたからか…と。
見合いは明日・・彼は、私を憎んでいないだろうか。
柄にもなく弱気になってしまった。