『茜色の空に、それから』-1
「お帰りっ!」
私を見付けるなりぎゅっと抱きついて来る背の高い男の子。
いや、もう、「男の子」と言うより「男性」。
ほんの一年前迄大学生で、まだあどけなさも残していたのに。
今私の目の前にいるのは、その頃より少し痩せて、整った顔立ちを精悍に感じさせる、でもそれでいて私に向けてくれる笑顔は屈託なくて。
って。
「し、しんちゃんっ!待ってっ!」
ここは新幹線のホーム。
連休の前の夜、と言う事もあってか、比較的人も多い。
そんな衆人環視の中いきなり抱きつかれたら、年齢を重ね、神経の図太くなってしまった私でもさすがに恥ずかしい。
放っておくと、唇まで奪われそうな勢いなので、慌てて、彼、しんちゃんを引き離す。
しんちゃんは、ちょっと残念そうな顔をして、でもすぐに満面の笑顔で、もう一度、
「お帰り。」
と、私の頭を優しくふわりと撫で、私の肩に掛かった3泊4日分の荷物の入った大きめの鞄をさりげなく自分の肩に持ち代える。
───ああ。もう。
私はいつもこうやって会う度に心を奪われ、恋をしてしまう。
大学の時、私──村上明香──が先輩で、彼──佐藤秦一──は2コ下の後輩だった。
ただの先輩後輩。そう思ってた関係が恋人へと変わったのは二人が大学を卒業してから。
半年前、学生時代の友人一同で飲み会をした時、しんちゃんの口から、しんちゃんが私の事をずっと想ってくれていた事を初めて聞いた。
そうして私はその告白を受け入れたのだった。
それから私達は付き合う様になったのだけど。
私としんちゃんの住んでいる所は隣の県同士。
だから、会えるのは決まって週末。それも毎週、という訳にはいかないので、会える時はほとんど必ずお泊まりになる。
「お家の人、大丈夫?」
今回は三連休なので、思い切って金曜の仕事が終わってから、ずっと一緒に居る事にした。
しんちゃんはその事を心配してるのだろう。学生時代から、色んな事に気を遣う優しい子だった。
「うん。うちは放任主義だから。子供じゃないし。」
「・・・。そっか。」
しんちゃんはまだ何か言いた気だったけど、私は何となく気付かないフリをして、もう何度も訪れ、慣れきってしまった駅を後にした。
私は今は実家暮らしなので、私の住む町でデートをする事は滅多に無い。
しんちゃんは卒業して地元に戻ったけれど、一人暮らしを続けている。
駅から歩いてほど近いマンション。
ここがしんちゃんのお家。
「・・・。お邪魔しまーす。」
「お帰り。明香。」
「・・・。ただいま・・・。」
いつも「おかえり」と言って迎えてくれるしんちゃん。
私はそれが嬉しいのだけど何だか照れ臭くて、いつも何となくもじもじしてしまう。