投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『無題』
【青春 恋愛小説】

『無題』の最初へ 『無題』 1 『無題』 3 『無題』の最後へ

『無題』-2

戸田ナツミは言った。
「どうしてあなたにそんな事言われなくちゃいけないのよ!わかってるわよ。それが私の好きなアキの体だって事ぐらいは!でもあなたに痛みを与えるにはこれしかないじゃない!」
戸田ナツミの言葉は怒りと興奮でめちゃくちゃだった。でもその言葉は何よりも本物の言葉だったし、道理で、そして真理だった。
「お願いだから消えてよ!アキは私が守る。私にはそれができる。あなたが邪魔なのよ!」
そういう想いの押し付けに驚いてアキは今日いないのだ、と思ったが言わなかった。
恋愛をするのなら思いを押し付ける自由ぐらいはあってしかるべきなのだ。
「消える約束はできない」
僕は言った。
「ただアキが君を受け入れるなら僕はどんどんいらないものになっていくと思う。多分それが普通の人って事だからアキがそうなれるなら嬉しい」
戸田ナツミはもうこっちを見ていなかった。言い終わるか否かの内に逃げるように去っていった。
戸田ナツミの背中の小ささだけがやけに印象に残った。

放課後に白瀬ユカリと一緒になった。
僕は帰り支度をしていて、白瀬は右斜め前の机の上に座って僕を眺めていた。
そこに窓から夕日が境界をぼかすように侵食してきて教室はまるでオレンジジュースの水槽だ。
ねえ、と白瀬が言った。
帰り支度する手を止める。
「アキちゃんって戸田ナツミに告白された?」
肯定していいのか悩む。けれどここで否定する事が結局肯定の意味を含む事ぐらいは理解していたから正直にされた、と答えた。
白瀬はそっか、と短く言った。
「じゃ、あたしもしちゃおっかな」
「何を?」
「ん。告白」
白瀬はいたずらっぽい表情をした。
「今はアキじゃないけど」
「だから、するの」
当然冗談なのだと思った。だから冗談なのかを問う事さえしなかった。
「てっちゃんの事、好きだよ」
「どうも」
一瞬の間が空いて白瀬が困った顔をした。白瀬がこういう顔をするのは珍しい。アキの症状の事を説明したときでさえ困った顔なんてしなかったから。
白瀬は言った。
「もっとさ、何かないの?女の子から好きだって言ってるんだよ?」
そんな事言われても、と口ごもる。
「情けないなあ。男の子はもっとしっかりしないとダメだよ? あたしは全部の条件もリスクも分かった上で言ってるんだから」
白瀬がまっすぐにこちらを向いた。でもその顔は夕日で逆行になって表情の細部を読み取る事はできない。
「じゃあ、返事も予想できると思うけど」と言い終わるよりも先にチッチッチ、と西部劇のキャラクターみたいに白瀬は舌を鳴らして指を振った。
「返事が予想できても言わずにいられないほど誰かが誰かを求める心ってのは強いんだよ。きっと、それはアキちゃんも同じ」
「アキが?」
「そ。アキちゃんは自分が寂しくて仕方ない人だからきっと自分を求めてくれる人を求めちゃうと思うんだ。あたしだったら女同士なんて絶対にパスだけど」
「この体、女」
「精神は男だからいーの」
屁理屈じゃないか、とは言わなかった。
「とにかく今日が最初で最後の告白。アキちゃんは変わってきてるから、これがきっと最後のチャンスだったんだと思うよ」
言って白瀬は掌を広げてこちらに差し出した。柔らかそうで苦労をしてなさそうな女学生の掌。
僕は何も言われないままそこに手を重ねた。
きゅ。
白瀬の掌が昼のアサガオのようにゆっくりと閉じる。
「女の子の手だね」
大切な秘密をこっそりうちあけるようなひそひそとした声で白瀬は言う。
「中身はちゃんと男の子なのにね」
そのまま僕の掌を白瀬は顔に当てた。
「ホント、残念……だなぁ」
ひそひそした声がくしゃくしゃに擦れ、空気の抜ける音がし、肩が震え、僕の掌に熱い雫がいくつもぽろぽろと零れて滴り落ちた。
けれど、教室は夕暮れで相変わらず逆行だったから、もちろん白瀬の表情なんて読み取れなかった。


『無題』の最初へ 『無題』 1 『無題』 3 『無題』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前