知らないところ-1
「先生、さよなら。……元気出して下さいね?」
自分では、いつも通りに過ごしてるつもりだった。
しかし、帰り際、クラス委員の松永に、こっそりとそう言われ、ハッとする。
「あぁ、ありがとう。また明日な」
教室を出ようとしていた松永が振り返りフフっと笑った。
「せんせっ、明日は休みですよ」
「あ、そうか」
やっぱり、変なのか?自分。
ずっと見ていた教室の窓を閉め、カーテンも閉めた。
「今日も無事終わったか」
教室を見回す。
誰もいない教室は、どこか日常からは、かけ離れている。
自分が教師っていうことも忘れてしまう。
生徒に戻ったみたいだ。
ドアを閉め、カチャッと鍵をかけた。
現実に戻る合図だ。
「あ、やっと戻ってきた」
「はい?」
職員室に戻り、椅子に座ると、白石先生がいきなり話しかけてきた。
美人で優しいと生徒からは常にアイドル的存在だ。
「あ、お疲れ様です。いきなりすいません」
「いえ、大丈夫ですよ」
白石先生は小悪魔みたいに笑う。
「ずっと、待ってたんですよ」
時計を見ると予定していた時間よりだいぶ教室にいたみたいだ。
「それは、失礼しました。お待たせしてすいません」
「冗談ですよ。皆木先生はお忙しいですもの。渡したいものがあるんです」
白石先生は、引き出しから一通の手紙を取り出した。
「あ、これです」
「………?」
ラブレター……じゃないよな。
先生と手紙を交互に見る。
「何ですか?」
「川瀬裕介くんからです」
「…………」
できれば、聞きたくない名前だった。
彼女を傷つけてる張本人だから。
白石先生は、もちろん知らない。
笑顔で封筒を差し出してきた。