『本当の自分……』-9
俺の言葉に彼女の顔色が、さっと変わった。
「ダメよ!!変なコト考えちゃダメ!!」
「今の私は、抜け殻なんです。だって、心(ヨシキ)が死んじゃったから…」
「バカなコト言わないで!あなたはここにいるじゃない。悲しむ人のコトを考えなさい!」
悲しむ人……そんな存在が本当にいるのだろうか?
オカマと俺をからかう中学時代の連中……
まともじゃないと俺を罵る父……
あなたのせいで、父に責められているのだと、無言で俺を責める母……
家に俺の居場所は無い。
孤立する学校にも居場所は無い。
「圭子さん……私はいつまで、針のむしろを歩けばいいんですか?それでも生き続けろって言うんですか?……」
俺を抱き締めている圭子さんの身体がビクンと震えた。
「ごめんなさい。あなたを……圭子さんを責めるつもりなんてないんです。ただ、安らぎが欲しいだけ……それが死ぬコトだとしても。私の為に泣いてくれてありがとう。」
次の瞬間、俺は自分に何が起きたのかわからなかった。唇に暖かいものが触れれ、そしてすぐ目の前に圭子さんの顔があった。
唇と唇が、ゆっくりと離れていく。俺を見つめる彼女の顔は、涙を流しながらもまるで聖母のように穏やかな笑みを浮かべていた。
「それでもね……私はあなたに生きていて欲しいの……。」
「圭子さん……」
「家にいるのが辛いなら、ここに住んだっていい。だから、そんな悲しいコト言わないで。お願い……」
その言葉に弾かれるように、俺は彼女の身体を抱き締めた。そして、今度は自分から彼女の唇を求める。そんな俺を彼女は優しく受け入れてくれた。
身体の繋がりを求めた訳じゃない。ただ、彼女の唇が欲しかっただけ……。
彼女の胸に顔を埋(うず)めたまま、俺は呟いた。
「私……生きててもいいのかな?誰かに必要とされてるのかな?」
圭子さんは優しく頷きながら、俺の頭を撫でる。
「もし、あなたが死んでしまったら、少なくとも二人は悲しむ人がいるコトを忘れないで……。そうよね?弥生……」
彼女の言葉と同時に襖が開くと、パジャマ姿のまま、しゃくり上げている弥生がそこに立っていた。
「け、圭子さん、どうして!!」
「ごめんなさい、由佳。でもね、あの娘は薄々感ずいていたみたいなの。あなたが魅也さんと出会ったとき、あれほど嫌がってた女言葉に突然変わったって……。そして、彼女が走り去った後に泣いていたあなたは、とても兄の死を悲しんでいるのとは様子が違ってたって……」
「弥生……」
「理由はわからないけど、わざと女らしくしてたみたいだって言ってたわ。そして、それは自分がそうさせてしまったんだって、あの娘は泣いていたのよ。」
その時、俺は初めて気が付いた。俺が帰るって言い出したとき、弥生は、なんであんなに必死に引き止めようとしてたのか……。
自分では、どうにも出来ないから、圭子さんが帰るまで俺をここに残らせたかったんだという事に……。
「気付いていたの?弥生……」
「だって……由佳のあんな悲しそうな顔、初めて見たんだもん……でも、あた…あたしのせいなんだよね……ごめんなさい……」
まるで小さな子供のように泣き続ける弥生に、圭子さんは優しく声を掛けた。
「弥生、聞いてたなら分かってるでしょ?由佳はあなたを怒ってなんかいないのよ。こっちにいらっしゃい。」
「…でも……でも、あたし……」
事の成り行きを、ただ呆然と見ていた俺を圭子さんが軽くつつき、優しく耳打ちした。
「ほら、由佳。あなたが呼んであげないと、弥生はこっちに来られないわ。」