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『二人の会話』
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『二人の会話』-1

「あなたって、親切な人よね」
 水道水を一杯飲み、熱いコーヒーに口をつけたことで、いくらか酔いもさめて落ち着いた頃、葛西はそんなことを言った。今日のことに対する、彼女なりの礼のつもりなのだろう。
「優しいと言ってもらったほうが嬉しいね」
 僕はそう返した。彼女にしては珍しい、直球の賛辞に少し照れてしまったのかもしれない。
「優しいと親切じゃ全然意味が違うわよ」
 しかし、いや、やはりと言うべきか、葛西はまたおかしなことを言い出した。
「大して変わらないよ、少なくとも辞書の上じゃ」
 まあいい。葛西の話は聞いていて飽きる類のものじゃない。付き合ってやるとしよう。
「全然違うわ、少なくとも私の辞書の上じゃ」
「そう」
「優しい色、は言うけど親切な色、とは言わない。優しい音、は言うけど親切な音、とは言わない。優しい声、優しい目、優しい味、とかも言えるわね。でも親切な、とは言わない」
「聞いてるとなんだか、親切な、は優しい、に比べて随分劣ってるみたいに聞こえる」
「そういうことでもないわ。ただ、違うものだと思うってことを言いたいだけ。」
 葛西はここで一旦言葉を切って、何かを探すように部屋の隅の換気扇の辺りに視線をやり、まだ辛うじて飲み頃の温度を保っているコーヒーを啜った。
「私が思うにね、優しい、っていうのは性質についてのことで、親切、っていうのはあり方についてのことだと思うのよ」
「あり方、ね」
 換気扇から取り出したにしては、気の利いた表現だ。
「だからね、もともと優しくない人は、優しくなることはできない。性質は先天的なものだから。でも親切になることは出来る。あなたはそんな感じね。」
「優しくないけど、親切」
 僕は自分への評価を自分で要約した。
「そう」
 今度は僕がコーヒーを一口啜り、それから小さな溜め息をつく。
「自分が少し失礼なことを言ってるっていう自覚はある?」
「ある。」
きっぱりとした声で言い切る。いつもそうだ。
「でもいいのよ。私は親切でも優しくもないし。それにね、私は優しいよりも親切なほうがいいと思うわ。」
 葛西はそこで右手を開いてずい、と僕の前に出す。
「優しくて親切な人、優しいけど親切じゃない人、優しくなくて親切じゃない人」
そして言いながら指を一本ずつ折っていく。
「色々居るけれど、優しくないけど親切な人が一番ね」
「どうして」
「一番甘えやすいからよ」
 いたずらっぽい視線が、僕の瞳を射抜く。ほんの一瞬、それに捉えられた僕は、意図的なまばたきで気持ちを逸らし、軽く笑う。
「僕は優しくて親切な人が一番だと思うけどね」
「そうかもね。でも私は優しい人があまり得意じゃないの。優しさっていうのは、性質だから、持っている人はなんの訓練もなくそれを持つことができる。そういう人の優しさって、居心地が悪くなるだけ。そういう人は、優しくない人の立場とか心とかを全然理解してないし理解しようともしていないんだもの」
「君の自分勝手な意見にも聞こえるけど」
「でも、その自分勝手な意見をきちんと聞いて、適当な意見まで言ってくれる。内心では鬱陶しいと思いながらもね。それが優しくないけど親切な人」
 そう、僕を指差しながら彼女は言う。したり顔、というのはこういう顔のことを言うのだろう。
「そうかい」
 もう僕にはそれくらいしか言うことが無かった。
 やがて葛西はソファの上でうとうととしだし、間もなく眠ってしまった。暖房が付いているとはいえ今は冬だ、そのまま放っておいたら風邪を引く。ベッドで寝たほうがいいと促すために、肩をゆすって声をかけて起こそうとするが、半ば意識的にか、それを拒まれる。無理もないか、殆ど酔いつぶれているような形のままこの部屋まで来たのだから。仕方が無い。今日は最後まで介護人をやってやろう。


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