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『二人の会話』
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『二人の会話』-5

「親切な先生としては、好き嫌い無く食事するべきだ、と指摘するべきなのかな」
「もういいわよ、そのネタは」
「しつこい男は嫌われるしね」
 僕は大人しく卵サンドを咀嚼し、礼儀正しく飲み込む。
「そういえばね、最近僕が読んだ小説の主人公の好物がサンドイッチだったんだ。一番好きなのがハムサンド。それでさ、その小説の中ではちょくちょく食事のシーンが出てくるんだ。食事が一つのテーマになってると言ってもいいくらいに。またその食事のシーンの描写が細かくて面白いんだ。特にサンドイッチを食べる回数はかなり多くて、それを読み終わったときサンドイッチが無性に食べたくなったんだ。それを今思い出したよ」
 葛西は特に興味もないといった様子で、ふうん、と言う。テーブルの隅に置かれている、1本1本袋に包まれている爪楊枝をひとつ取り、指先で弄んでいる。僕は話し続ける。僕と葛西が話す時、何故だかお互いの発話の量は均等にならない。どちらかが多く話し、もう一方は言葉少なに頷く。そんな会話のテンポが二人の間に染み付いている。
「それで、主人公がハムサンドを食べる時の描写は特に細かいんだけど、そのサンドイッチの美味しい部分の解説だとか主人公の幸福感のある語りとか、そういうの。でも主人公が一人で食べてる時って、それがほとんど無いんだよ。読んでて美味しそうに感じない。逆に、主人公が羨ましくなるくらいに美味しそうに描写されてるのは、親しい人と一緒に居て食事してる時。休日の昼に自分の家で、ああ、その主人公は結婚してるんだけど、妻の手作りのサンドイッチを食べてる時のが一番美味しそうだったな」
 そこで一旦、葛西のコーヒーを啜る音で言葉を区切られる。
「それであなたは、そこから、現代の家庭に増えつつある孤食やなにかがいかに悪習であるかということと、共食が心に与える影響の重要性だとかそういったものを説こうというわけ?」
 葛西は、挑戦的な視線で僕に言う。そんなことはわかっていることだ、私に何かモノを教えようなんて10年早いわよ。と言わんばかりに。
 相手の長い話を聞いて、そこから出されそうな結論を先取りして言う。それは葛西の得意なわざで、それをやられると、話したほうはなんだか負けたような気分になる。僕はよくそれにやられる。もっとも、僕が葛西にそれを仕返すことだってあるが、勝率はやっぱり葛西が上だ。でも今回は僕の勝ち。
「そんなことを言おうとはしてない。ただ、今食べた卵サンドが美味しかったっていうことを言いたかっただけだよ」
 それから、僕が席についてから葛西がサンドイッチを割りと美味しそうに食べていたってこと。と続けようとしたが、それは止めにしておく。そのかわり葛西の表情の変化をじっくり見て楽しむことにする。葛西は、
「ばかじゃないの?」
 と言いながらも視線を、特に見るものも無いはずのテーブルに落として唇を尖らせる。こんな風に照れている葛西を見るのは新鮮だ。長い睫毛が頬に薄く影を落としている。手元を見ると、さっきまで弄んでいた爪楊枝はもうテーブルの隅に置かれ、右手と左手が組まれている。白くて華奢な指が難解な定理を表しているかのように複雑に絡まりあっている。女性の指はどうしてこんなに柔らかくて頼りなくて弱そうなのだろう。
「なんだか今日は押されっぱなしね。二日酔いだから調子が出ないみたい」
 葛西は降伏の合図と負け惜しみを混ぜ込んだ言葉を吐き、苦笑する。
「たまにはこんな日がないと僕だってやってられない」
「そうよね」
 言って、葛西は席をそっと立つ。同時に伝票を僕のほうへ押し出すのを忘れない。
「今日、予定は?」
「夕方からバイト」
 僕は大人しく伝票を手に取りながら質問に答える。
「じゃあそれまで付き合ってよ」
「いいよ、何をする?」
 僕が財布から千円札を払い、レジから取り出された小銭を受け取るまでの間で、葛西は今日の予定を組む。
「久しぶりに、手間のかかる料理がしたくなったわ。これから材料を買って、時間をかけて作る。どう?」
「いいね。何を作る?」
 ドアを開くと、冷たい空気が僕らの顔をうつ。葛西は一瞬目を細めて
「ビーフシチューなんてどう?今日は寒いし」
 と言う。


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