星降る夜の神話 其の弐-4
謙:
いつから絢子を好きになっていたか、今ではもう覚えていない。ただ、絢子が『好き』と云ってくれた日は覚えてる。
謙は、降り続ける雨を見つめながらその日のことを思い出していた。
幾度か絢子と逢ったある日、突然絢子が云ってきた。家柄など関係なく、自分を好きになってくれないか、私は貴方の事を好きだからと。謙にとってそれは驚きと共に嬉しいことだった。夏の暑い中、戸惑うことなく謙は絢子を受け入れた。
それも、もう過去。絢子の一族がそんな事を許す筈もなく、二人は引き離された。
絢子はお芝居みたいで面白いと云い、駆け落ちをしようと云った。だが、謙には絢子を支えるだけの力はない。守りたくても守れない。
そんな中、絢子と石野男爵の子息との婚約を聞いた。
―――
絢子:
「お父様は、私のことが嫌いなんですの!?」
石野男爵の子息との婚約を云われ、絢子は涙目に父を見た。しかし、父は何も云わない。ただ、絢子を無言で見つめるだけ。
「……っもう良いですわ!!」
―――
謙:
今日は『約束の日』
。泣きながらも、助けてと云ってすがって来た絢子と約束した日。行くつもりなど初めから謙にはなかった。
「彼女には、他の幸せがある…」
頬を伝う涙を拭うも無く、謙は外を見た。
少しずつ止み、今はもう雨など降っていない。絢子を安じながら、謙は息をついた。
―――
絢子:
ー彼は来ない。…きっと。
分かっているのに、諦めきれない自分に絢子は苦笑した。
ー女なら、潔く引かないとね。
「…貴方の望みは、コレ?」
誰ともなく宙に向かって呟く。
ーならば、
―――
願わくば、
謙は、先程の面影もないほど晴れて綺麗に輝く星を見た。
―――
願わくば、
絢子は自分を照らす幾数もの星を見た。
―――――
願わくば、
「彼女が幸せであるよう」
「彼が幸せであるよう」
―――
謙は、絢子の顔を愛し気に思い出した。柔らかな、春の日差しのような笑顔を。
―――
絢子は、星空を眺めた。謙の様な、綺麗に照らす星空を。
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二人を照らす星空の中に、一筋、星が流れた。
数年後、二人は出会う。共に笑顔で。
-end-