星降る夜の神話 其の弐-3
絢子:
「ゴメンナサイねぇ〜、聡子」
にこにこと最上級の笑顔で絢子は自分の身代わりとなった聡子を見下ろした。
「まぁ、私が無理矢理奪ったってコトにしておいてあげるわ」
「無理矢理じゃないですかっ!!」
聡子は目の前で素晴らしいくらいの笑顔を振り撒く少女を睨んだ。
「うふっ。まあ、そんなことはお気になさらず」
その視線を無視するように、絢子は鍵を持って機嫌良く部屋を出ていった。
「お嬢様ぁぁぁぁ」
という聡子の虚しい叫び声を残して。
◇
ー私は、約束をしたのだから。あの人と其所で逢うと。
絢子は走った。雨が降っていても、コケそうになっても構わない。ただ、約束を果たしたい。その一心で。
―――
謙:
あれから二日経った。約束の日。名前も教えてくれず、何も知らない少女は来るだろうか。
一抹の不安を抱えながら謙は河原へと向かった。
約束の場所。ドキドキしながら謙は瞼を下ろした。瞼を開けると、彼女が居ることを願って。そんなことを願う自分に苦笑しながら。
「ー…あ、」
ー居た。
あの少女は、約束通り其所に居た。
流石に髪型や服などは変わっているが、それ以外は変わらず、美しいまま。
―――
絢子:
ー彼は居るだろうか。
そっと絢子は瞳を閉じ、彼の人を待った。
―――
謙:
少女は、謙に気が付くと笑顔で側に来た。
「よかったわ。覚えていらして。もしかしたら忘れているのではないかと思っていましたの」
本当に安堵したような笑みで迎えられ、謙は心が暖まるのが分かった。
そのまま、河原を見つめて二人は座り、他愛のない話をした。
学校のことや友のこと、芝居見物など。それらは謙にとって驚きや共感を生む物だった。少女も、素直に驚いたり、共感してくれたりなど、謙の隣で表情をころころと動かしていた。
「あら、もうこんな時間」
夕日でうっすらと赤く染まった空を見、少女は立ち上がった。
「面白かったわ。…また、逢えるかしら?」
「喜んで。えっと…」
名前を聞いていなかったことに気付き、何と云えば良いか口篭る。
「絢子ですわ」
その様子を見て、楽しそうに笑う。そんな姿もまた可愛いと謙は眩し気に少女を見上げた。
「貴方は、何ておっしゃるのかしら?」
「え?あ、謙です」
慌てて絢子へと返事を返す。
「じゃあ、謙さん。また明日逢いましょう」
くすくすと笑い、絢子は謙の赤くなった顔を見た。
「ぅあっ、はい」
「ごきげんよう」
『絢子』という名を繰り返しながら、少女の背を見つめ、謙は家路へとついた。
―――
絢子:
痛い程強く打ち付ける雨の中、絢子はずっと待った。思い出すのは、あの日のこと。初めてこの気持ちに気付いた日。