星降る夜の神話 其の弐-2
ThirdStory:謙
雲一つない空。清々しいほどの春の風。
あぁ、今日は何か良い事がありそうだなぁとか考えながら、謙は河原を歩いていた。本当に、心地良い春の正午だった。
「ぅあ!?」
ヒュウッと一筋の強い風か吹き、被っていた学生帽が飛ばされ、謙は慌てて帽子を追い、駆け出した。が、風が強くて思うように追い付けない。
ー…これは――…、無理かも。
段々と諦めかけ、走るのを止めようかと思い始めたとき、不意に帽子に向かって白く、細い腕が伸びた。
「えっ!?」
突然現れた腕に驚きつつも、お礼を言おうと視線を腕の主に移す。
「ー……」
お礼を、と開いた口が固まった。
そこに居たのは、15歳ほどの少女。真っ黒で大きな瞳に、漆黒の真っ直ぐ長い髪。袴の下に白い線が入っている姿から、何処かの女学生だと分かった。袖から見える白い腕には謙の学生帽が握られている。
謎の美少女は、にっこりと微笑むと持っていた帽子を謙に差し出した。その帽子を、ドキドキしながら謙は受け取る。
「有難う」
笑顔付きのお礼を込めて。
「ー…いいえ。風で飛んで失くしてしまったら大変ですわ。今日はずっと持って要らしたら如何?」
くすくすと可愛らしい声で笑う。その話し方や仕草から見て、良い所のお嬢様だろうと謙は思った。到底、自分のような身分の低い者など相手にされないだろうと。
「…あぁ、そうだね。これからはそうするよ」
そう答えながら、自分の不遇を呪った。もし自分が華族や士族であるなら、この少女にお礼として屋敷に来て貰うことができるだろうに。と。いや、そんなにお金があるのならば帽子の一つや二つ失くなろうと気にしないでそのまま帰ってしまい、この少女と逢うこともなかっただろうが。
そこまで考え、謙はふと気付いた。自分に向かってずっと注がれている視線に。
「…あの?」
恐々話しかけると、その視線の主である少女は不意を突かれたように体をビクッとさせた。
「え?…あ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてしまって」
ー『ぼうっと』?
謙は明らかに視線を感じていたのだが。まあ、そんなのはどうでも良いかと思い、少女を再び見た。
「何かお礼をしたいのですが、…何をすれば良いかな?」
ハッキリ云えば、謙の家はそんなに裕福ではない。学校に通うことさえ無理を云って頼んだのだ。そんな謙に出来ることなど、少ない。少なすぎる。
「ー…そうですわねぇ」
何を云われるかとドキドキしながら少女を見つめた。
「ならば、また此処で逢いましょう?…そう、二日後くらいに。では、私はこれで」
「…えっ?」
思いも寄らなかった返事に戸惑いつつも、さっさと歩き出した少女に問掛けた。
「君の名前は!?」
と。