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『藤枝の話』
【少年/少女 恋愛小説】

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『藤枝の話』-1

最初に言っておくがこれは長く暗い話だ。
この話を読んで貴方が幸福な気持ちになる事はまずない。
ハッピーが欲しいならば趣味に励むかおクスリを処方してもらう事をお薦めする。
文章ならばレシートでも読むというような人になら読んでもらえるかもしれない。
つまりは、そういう話だ。

恋愛をテーマにした女性作家(誰だっけな?)が言うように「人間は恋をするために生まれた」とは僕には到底思えないが、それでも僕はたった十七年間のうちに何回か恋をした。
藤枝の事について話そう。
藤枝は僕が二回目の恋に落ちた女の子だった。
中学二年の春、僕と藤枝は同じクラスで隣同士だった。
藤枝はやたらと本を読んだ。その日ごとに違う背表紙の本を持ってきて休み時間ごとにそれらを開いた。そして、本を開くと酷くセクシーに眼鏡のブリッジを中指で直した。
藤枝の読む本の傾向めいたものは大きく一つを除けば他に無いようだった。江戸川乱歩を呼んだ次の日にカフカを読み、そしてまた次の日には石田衣良を読んだ。
藤枝の読む本の傾向はたった一つ、男性作家の本しか読まないところにあった。
一度その傾向について質問した事がある。
「女性作家の本って雌の匂いがするからキライなの」と藤枝は言った。
「やたらと恋愛について書いたり男性媚びたり、かと思うと男性に負けず強く生きましょうとか書いてみたり。要するにジェンダーを意識しすぎるのよ。あなたは女性作家の本を読む?」
俵万智と江國香織、と僕は言った。
「最たる例ね」と藤枝はタバコの煙を吐き出すように言った。
「とにかく――私は女性がキライなのよ。私も含めてね」
言い終わると藤江はユゴーのレ・ミゼラブルを開いて酷くセクシーに眼鏡のブリッジを直した。その姿に僕はどうしようもなく恋をした。
この当時、藤枝の言葉の意味なんて全く分からなかった。
今なら藤枝の言わんとしている事も、その背後に透ける苦悩も、そしてその言葉に付属する稚拙ささえも理解できる。
僕だってもう中二じゃない。ちゃんと成長し前進してる。
或いは藤枝の言葉の意味を理解する必要なんてなかったのかも知れない。
でも前進してるとでも思わなければ生きていくのは酷だ。
ちゃんとした方向性があり目的地がある。そんなフィクションを信じなければ何のために生きてるのか分からなくなる。
恋をするためにか?莫迦莫迦しい。
話を元に戻す。
藤枝は男性作家の本を消費する一方で次々に男と付き合った。
噂では藤枝は中学二年の四月から中学三年の十二月までに七人の男と付き合ったらしい。そのうち僕が確認したのは五人。更にその五人の内一人は先輩、一人はクラスメイトで後の三人は見知らぬ高校生だった。
そしていずれの男も自殺した。
先輩は寡黙な男だった。
どんなに手間のかかる作業でも言いつけられた事を言いつけられた通りに実行する男だった。仲間とつるまず可笑しい事があると一人で目を細めて笑った。
でも死んだ。
クラスメイトは幼い少年だった。当時の自分から見ても典型的な中学生といった印象だった。
そして彼も死んだ。
三人の高校生たちもそれぞれに死んだ。
噂での残り二人の男が死んだのかは結局分からなかった。若者の自殺なんて大して珍しくなかったからだ。
そんなわけで中学三年の十二月には藤枝と付き合おうなんて物好きな男は――言うまでも無い事だけど藤枝は女子から嫌われていた――いなくなった。隣の席の僕を除いて。


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