「命の尊厳」終編-1
ー週明けー
「本日付けで刑事課に配属となりました加藤眞治です。よろしくお願いします」
牟田のとなりに立って挨拶する桜井の後任を、高橋は釈然としない表情で見つめていた。
浅黒い肌と爽やかさ漂う笑顔は、未だキャンパスが似合いそうな雰囲気を持っている。
「加藤君は今回の異動で刑事課に配属となった……」
にこやかに加藤を紹介する牟田を、高橋は侮蔑の眼差しで見つめていた。
事件がここまでの進展をみせたのは、ひとえに桜井の地道な努力のおかげだった。そんなベテランをあんな新米とトレードする事を承諾した、上層部の判断が正気の沙汰とは思えなかった。
朝礼が終わり、高橋が自分のデスクに戻ろうとするのを牟田が呼び止める。
「高橋君。ちょっといいかな?」
そう告げると、高橋を奥の応接室へと連れて行った。
「まあ、掛けてくれ」
ソファに座るよう促し、自身は奥の席に腰を下ろす。
「…何か、用ですか?」
桜井の件もあり、ぶっきらぼうに訊いた高橋に対し、牟田は静かに口を開いた。
「今から言う事は、他言無用にしてくれ」
そう前置きすると、
「君を1ヶ月の停職処分にするから…」
「はあ?」
高橋は意味が分からず訊き返す。
「停職処分だ。ひと月休んでくれ」
冷静に言葉を繰り返す牟田。
だが、高橋はその言葉に頭に血が昇ぼり、思わず立ち上がると怒鳴ってしまった。
「ど…どういう事ですか!! り、理由は?」
「静かにしたまえ。外に聞こえるだろう」
高橋はソファに座り直した。
「先日、桜井君が勅使河原信也の通う大学に聞き込みに行った日の翌日、彼の弁護人と名乗る者が署に訪れた……」
牟田はゆっくりと事の次第を語りだした。
それは5日前の朝。この応接室で起こった。
「顧問弁護人の家鋪です」
そう言って渡された名刺と本人を、牟田は交互に見つめる。
どう見積っても50代に見える風体だが、短く刈った髪を茶に染めて、今風のセルフレームメガネを掛けた姿は実にうさん臭く見える。
弁護士というより不動産業者のように思えた。