「命の尊厳」終編-9
「これも随分するのでしょう?」
遠藤は自分が座るソファ・セットやキャビネットを指差した。
家鋪が作り笑顔を浮かべる。
「それはハンセンと言って、北欧の家具ですよ。私共の商売には、多少の見栄も必要でしてな」
「なるほど……」
答えに遠藤は大きく頷いた。
ここからが本番だ。
「ところで、先日、野上諒子の轢き逃げ事件について、色々と難クセをつけてたらしいじゃないですか?」
家鋪の表情が変わった。
目を大きく見開き、口許をわずかに歪ませる。
「…ど、どういう理由で……」
「轢き逃げの情報提供ポスター。その責任者である前園ふみさんに貴方は連絡して、ポスターに書かれた内容の事実確認をしたそうですね?
そして、〇〇市役所でポスターの撤去を担当者に願い出たが、あっさりと門前払いを食らった。
これはどういう理由なんです?」
家鋪は焦りの表情で取り繕う。
「…いや…それは…街の景観が……」
「しかし、おかしいでしょう?
貴方と轢き逃げの被擬者は、まったく無関係のハズなんでしょう。
なのに、何故、ポスターにこだわるんです?」
遠藤は目に力を集中させて、家鋪を見つめる。その眼差しはベテラン刑事らしく、相手の心の中まで見透かすかのように。
家鋪は目を逸らした。
どうやってこの場を乗り切ろうかと、自問自答していた。
ちょうどその時、ノックの音が聞こえた。
「…先生。もうすぐクライアントがお見えになる時刻です」
家鋪は腕時計を見た。応接室に入って10分が過ぎていた。
彼は遠藤に優しい口調で語った。
「約束の10分が経ちました。
お引き取り願えますか?これから仕事が有りますので…」
「なんとか参考人として同行願えませんか?」
「お断りします。どうしてもと仰るなら令状を提示して下さい」
そう言うと笑みを浮かべ、応接室のドアーを開けた。
「お帰り下さい」
「残念ですね…」
遠藤達は仕方なく事務所を後にした。
帰り道。遠藤は何気なくクルマの窓から景色を眺める。
その姿をチラリと見た加藤が口を開いた。