「命の尊厳」終編-8
「ここですよ」
その一角にあるオフィスビルに、加藤はクルマで現れた。助手席には彼の教育係となった、遠藤というベテラン刑事も一緒に。
「この7階です」
さっそく加藤と遠藤はビルの中に入ると、エレベーターで7階へ向かった。
「…初めてなんで、何だかドキドキしますよ」
緊張した面持ちで話し掛けてくる加藤に対し、遠藤は苦笑いを浮かべる。
「こんな事でドキドキしてたら、犯人逮捕の時はどうするんだ?」
「…いや、まあ、仰る通りなんですが……」
頬を赤らめ、バツの悪い表情を加藤は見せた。
やがてエレベーターは停止し、扉が開いた。正面から廊下が左右に向かって伸びており、10メートルほど間隔でドアーが続いている。
加藤はひとつ々のドアーに書かれた企業名を確認すると、
「有りました」
そう言って遠藤を手招きした。
ドアーには〈家鋪 法律事務所〉と書かれたプレートが貼られていた。
「ヨシッ、行くぞ」
遠藤はノックをすると、ドアーを勢い良く開けた。1歩入り込むと、パーティションに遮られて中の様子は良く分からない。
そこに女性が応対に現れた。
遠藤と加藤は警察手帳を提示する。
「〇〇県警刑事課の遠藤に加藤です。こちらの家鋪さんにお会いしたいのですが」
「しょ、少々お待ち下さい」
女性は顔を引きつらせ、慌ててパーティションの向こうに消えて行った。
それから5分と掛らず家鋪本人が現れた。
「困りますなぁ、刑事さん。こんな所まで押し掛けて来られちゃ」
家鋪は眉根を寄せて、不満を露にする。対して遠藤は恐縮した面持ちで答えた。
「ちょっと近くまで立ち寄ったものでして。貴方にどうしても確認したい事が有りましてね」
「私…にですか?」
「ええ。お手間は取らせません。ほんの10分でよろしいんで」
遠藤の言葉に、家鋪はしばらく考え込んでいたが、
「分かりました。10分ですよ」
そう言うと2人を部屋の奥にある応接室へと案内する。
「では、お伺いしましょうか?」
家鋪の言葉に対して遠藤は室内を見回しながら、
「豪勢な応接室ですなぁ。私共、刑事課のヤツとは雲泥の差だ」
室内はそれほどの広さを感じさせないが、オフホワイトの壁には数点のゴーギャンの絵が飾られている。