「命の尊厳」終編-6
「驚きましたわ私。あんな脅しの電話なんて……」
前園は声を上擦らせている。
「ご迷惑だったでしょう」
高橋は協力に感謝し、受話器越しに頭を下げていた。
「とんでもない。これで、あの子を轢き殺した犯人が捕まるんでしたら…」
「ええ。これで間違いありません。後は、相手が必ずボロを出しますから」
高橋は何度も礼を言うと、静かに受話器を戻した。
その翌日の朝。家鋪は勅使河原の住む役所を訪れていた。
彼は例のポスターに対して撤去を願い出た。
「確かに、被害者の心情は分かるが、通学路でもある街の景観が損なわれるのではないか?」
だが、役所の担当者は彼の言葉を相手にしなかった。
すでに高橋から内情を聞いている牟田から、市役所への協力要請が入っていたからだ。
勅使河原の包囲網が、警察の手にって徐々に狭ばめられてきた。
「何だと! それは本当か?」
「ええ。私はポスターを貼った本人に直接聞きましたから」
夜。勅使河原邸の応接室。
家鋪は、昌信に大通り沿いに張られたポスターについて報告していた。
事故の情報提供を待つ前園ふみの存在。その彼女に、野上諒子が事故直後に連絡を入れていた事を昌信に伝えると、
「…信じられん……」
口を半開きにして惚けた顔で驚いた。
(あんなどしゃ降りの中、あの事故で意識があったなんて……)
家鋪の説明が続く。
「しかも、車種はおろか運転手の特徴までもポスターには書かれています」
「そんなポスター、撤去してしまえ!」
昌信は、苦々しい顔で声を荒げる。だが、家鋪は首を振り振り、
「無理ですね。前園はポスター設置にキチンとした手続きを踏んでいます。当然、警察にも情報はいってるでしょう」
そう言って諦めの表情を浮かべた。
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
思わず癇癪を起こす昌信。
その顔は醜く歪み、荒い呼吸音が応接室に響いた。
家鋪は彼をなだめると、
「何もしない事です。ここで下手に動くと、増々、警察に疑いを持たれてしまいます。
せっかくの4ヶ月間をふいにしたくはないでしょう」
その顔は弁護士とは思えない、不気味な笑みが浮かんでいた。