「命の尊厳」終編-4
「…あんな良い子が…なんて惨い…」
聞けば野上諒子は苦労していたそうだ。中学生になると近所の新聞配達所に頼み込み、朝は朝刊を配ってから登校し、夕方は急いで下校すると夕刊を配達する。
彼女はそんな生活を高校卒業まで続けていた。
しかも、その理由は、
「…あの子は…初めてもらったお給料を、袋ごと私に渡したんです。私は断りました。そうしたら…あの子が言ったんです…」
〈お母さん。これで小さい子達の服を買ってあげて〉
前園はそのまま泣き崩れる。
その姿を目の辺りにする高橋は、いたたまれなさと同時に犯人に対して、改めて強い憤りを感じた。
彼はここに訪れた理由を、前園に言った。
「お恥ずかしい話ですが、我々も4ヶ月近く捜査しながら、未だ犯人を見つけられない状況です」
高橋の身体が前に動いた。
「そこで、こちらの施設にお願いに伺ったのです」
そう言うと、高橋が頭に描いている青写真を前園に語った。
当然、森下由貴の存在を伏せたままに。
「どうでしょうか?」
前園は快く引き受けてくれた。
「分かりました。それで、あの子の無念が晴れるのなら、私共は構いません」
「ありがとうございます! では、もし、勅使河原という人物や家鋪という弁護士から連絡が有りましたら…」
「ええ。貴方の言われたように答えます」
前園は大きく頷き、力強く高橋に答えた。
「ありがとうございます」
高橋は、協力に感謝して深々と頭を下げた。
前園や他の職員達が高橋を見送る。彼は帰りの道中、優しさに触れた嬉しさと、これからやる事に対する決意に身が引き締まる思いだった。
高橋は自宅に帰ると、すぐに計画を実行すべくパソコンに向かった。
「ヨシッ!」
2時間後、それは出来上がった。時刻は夜の10時を過ぎていた。
高橋は緊張がほぐれた途端、猛烈な空腹を感じた。
「まずは飯を食ってからだ!」
彼は勢い良く部屋を出ると、クルマに乗って馴染みの定食屋へ向かった。
大盛りの定食を貪るように食べる高橋。かなり遅い夕食を終えると、彼はある場所へとクルマを急がせる。
閑散とした住宅街手前の大通り。通り沿いには数々の店屋が建ち並び、幾つもの外灯がベルトの様に道路を浮かび上がらせていた。
高橋は、その大通り沿いにある電柱に自身で作りあげたポスターを貼り付けた。