「命の尊厳」終編-3
「そんなバカな!」
驚きの声を発する高橋。牟田の話が信じられないと言った様子だ。
「だが、事実だ。彼女は被害者である野上諒子しか知り得ない、事件当夜の状況を語ったんだよ……」
聞かされても、高橋には事実として飲み込めない。
しかし、事実ならつじつまが合う。
(それで桜井さんは物証にこだわったのか…)
「では、この捜査班も……」
高橋は力無い声で牟田に尋ねる。
だが、牟田は逆に力強く語った。
「その心配は無用だよ。捜査班はこのまま残す」
「しかし、物証も任意同行も得られないのでは、捜査をやっても無駄じゃないですか?」
「それが君の真意なのかね?」
険しい目を高橋に向ける牟田。
「……」
「桜井君の意志を引き継ぐのは、君しか居ないんじゃないのかね?」
高橋は頭を垂れた。そして、牟田の配慮が嬉しかった。
「申し訳ありませんでした。軽率な発言をして……」
「但し、表面上、専従捜査員は君だけだ」
「ですが課長。私は1ヶ月の停職処分でしょう。すると、捜査は1ヶ月は捜査が停止するんじゃ……!」
高橋の顔がみるみる変わった。
「課長…ま、まさか…」
「そう。そのまさかだ」
牟田はそう言ってニヤリと笑った。
「課長!ありがとうございます」
「言っておくが、あくまで君が個人プレーでやる事だ。我々は何の協力も出来ない。しかも、失敗すれば君も私もコレだ」
そう言うと、牟田は親指で首をかき切るジェスチャーを見せた。
翌日から、孤独な戦いが始まった。
「お願い出来るでしょうか?」
高橋はクルマで3時間以上掛け、ある場所に訪れていた。
そこは一見すると2階建ての大きな自宅のようで、入口には犬小屋があり、利口そうな顔立ちの柴犬が鎖で繋がれている。
児童養護施設〈楠の木学園〉
ここは生前、野上諒子が高校まで育った〈実家〉だ。
高橋は〈職員室〉と書かれた部屋に通され、責任者である前園ふみと対面すると、野上諒子の一件を話した。
前園は、信じられないと言った表情でしばらく黙っていたが、やがて静かに涙を流した。