「命の尊厳」終編-25
対して加賀谷はカジュアルなジャケット姿。
初めて見た私服姿に、由貴は緊張していた。
祝宴は進み、時間が経つにつれ、由貴の緊張はほぐれてきた。
ようやく自然な笑顔がこぼれる。
その表情を見て、加賀谷は急に真顔になった。
「…ところで、これからの診察は? また大学病院で」
「…その事ですけど…」
由貴は表情を曇らせる。
「…先生の居る病院に心臓科は…?」
「もちろん有るさ。設備は大学病院ほどではないがね」
由貴の瞳に憂いが宿る。
加賀谷の眼差しが熱を帯る。
「…僕に診させてくれないか?
君の一生を……」
無言のまま、見据える由貴。
そばに座る邦夫と京子も黙していた。
「…あの日、君の告白を受けて気づいたんだ。僕も君が好きだって」
由貴は両手で顔を被うと静かに涙を流した。
それを見た加賀谷は、戸惑いと焦りで、
「な、何かマズい事言ったかな?」
その言葉に、由貴は首を振って答える。
「…違う…私、嬉しいの…嬉しい…」
2人の光景を目の辺りにした邦夫はにっこりと笑い、京子は瞳を潤ませた。
由貴にとって、最も嬉しく、忘れられない1日となった。
ゆったりとした気持ちで自室のベッドに潜り込む。
この数ヶ月、まともに寝る事が出来なかった由貴にとって、至福のひととき。
張り詰めていた気が緩み、彼女はすぐに眠ってしまった。
暖かな田園風景。
色鮮やかな花があちこちに咲き乱れ、道の先に見える木は新芽を出している。
まさに生命の息吹を感じさせる。
由貴はあの日以来、この夢を見なかった。
そばに立つ野上諒子。
だが、雰囲気が違う。とても表情が柔らかだ。おまけに服も違う。
いつもは黒いワンピースなのに、今日は由貴と同じ白のワンピースだ。
「私、ずっとアナタに会いたかったの! 何故、出てきて来れたなかったの?」
由貴は嬉しさと、辛かった心境を入り混じらせて訊いた。
諒子はそれには答えず、
「ねぇ、私が最初に出会った場所を覚えてる?」
そう言って、後を向くと右手を高く上げた。
振り返る由貴。