「命の尊厳」終編-24
その翌日、〇〇検察は控訴を断念した。結局、何の物証も得られ無かったのが敗訴理由だったからだ。
9月24日。秋が深まる頃。由貴は両親の迎えを受けて、裁判所を後にした。
家族の笑顔がようやく戻った。
だが、その第1声は意外というより、もっともな言葉だった。
「お母さん! 先生は? 先生は
大丈夫だったの」
「それが……」
京子は加賀谷が大学病院を追われ、現在は〇〇市営病院に勤めている事を伝えた。
由貴は悲痛な表情を浮かべた。
「だったら、まず病院に行って!」
「行ってどうするんだ?」
自宅へ向かって運転する邦夫が訊いた。
「謝らなきゃ! 私のせいで辞めさせられたんでしょう」
「先生はお仕事中だ。かえって邪魔になるだろう。
それに、先生はそう思っていないよ」
「何でお父さんに、そんな事が分かるの!?」
諭すように語る邦夫に、由貴は語気を強くする。
すると京子が横から言った。
「私達、先生とお会いしたの。
〈証人を依頼したおかげで、取り返しのつかない事をしてしまいました〉ってお詫びに行って…」
「怒ってたでしょうね……」
「とんでもない。〈彼女があんな事になったのは自分のせいだ。
だから、自分には責任を取る必要がある〉って言って」
「…そう」
由貴は加賀谷の優しさに触れて、胸を熱くした。
「それに、今日は呼んであるんだ」
「えっ?」
邦夫の言葉に、由貴は不可解な顔をする。
「オマエの無罪が決まった時、帰って来るから一緒に祝ってくれないかって、先刻、連絡したんだ。
そうしたら、是非、お願いしますってさ」
嬉しそうに語る邦夫。
だが、由貴の方はパニックになった。
「エエエッ!! せ、先生が来るの? ウチに? ど、ど、どうしよう。髪はボサボサだし、秋用の服や化粧は無いし……」
邦夫と京子は声を挙げて笑った。
「由貴ちゃん。本当に良かったね」
加賀谷が喜びの表情を彼女に向けた。由貴は俯き加減で彼の声を聞いている。
「…あ、どうも…」
頬を赤らめ、焦りの表情でたどたどしい言葉を返すのが精一杯の様子だ。
自宅での、ささやかな祝宴。
由貴は髪を結い束ねている。淡い色のワンピースが艶やかだ。