「命の尊厳」終編-22
「お…親父…どうしよう…」
真っ青な顔で父親にすがりつく信也。昌信はすぐに家鋪と連絡を取り、犯罪隠滅の指示を仰いだ。
「…く、クルマを…隠すぞ!」
かくして、事故により破損したクルマをガレージに運び、エンジンオイルを抜き取って、貯水池に沈ませた。
こうして、野上諒子轢き逃げの案件は被擬者死亡にて送検見送りとなったが、父親達は過失運転致死罪における幇助というカタチで、2年間の裁判の後、実刑と判決された。
一方の由貴は、20日間の勾留期限の間に何ひとつとして物証は得られなかったが、野上諒子の件で〇〇大学病院の松浦哲也と桜井の証言により、検察は殺人罪で刑事告訴した。
そして2ヶ月後、裁判が開廷された。
検事局は桜井と松浦を証人として迎え、被告である由貴に精神鑑定を行った。
その結果、
〈由貴の中にあるもう一つの人格については、解離性同〇性障害による症状であり、本件はそのもう一つの人格により実行された。
しかし、身心喪失状態は見られず、責任能力は充分に有る〉
こう結論づけた。
対して弁護側は精神鑑定は行わずに証人だけをたてた。
それは、加賀谷龍治だった。
彼は証言台に立つと、心臓移植による人格の転移を主張した。
「彼女と同じように、心臓移植によると思われる味覚や嗜好、人格の変化が行った例は、分かっているだけで10例有ります。
これまでの例では、ドナーの人格はレシピエントの人格と融合したカタチで表れてますが、彼女の場合は異なる人格として表れたのだと推測されます」
加賀谷は、そこまでを一気に話すと大きく息を吸った。
そして、終始、落としていた視線を裁判長に向けた。
「…何より、この殺人事件を引き起こした元凶は私です裁判長」
「先生! 何を言うの」
被告席の由貴は思わず立ち上がって加賀谷に叫んだ。
傍聴席がザワザワと騒ぎ立つ。
「静粛に! 静粛にして下さい」
裁判長の声と槌を打つ音が法廷に響き渡る。
「証人。今の証言はどういう意味ですか?」
裁判長のフラットな声が加賀谷に向けられた。
加賀谷は拳を固く握り、強い眼差しを裁判長に向けた。
「…か、彼女のドナーが、野上諒子だと教えたのは…私です」
そう言って頭を垂れた。驚きの表情で加賀谷を見つめる由貴。
再び騒然となる傍聴席。
「静粛に! 静粛に願います!」
裁判長の槌の音が虚しく鳴り続けていた。