「命の尊厳」終編-21
「き、貴様らぁ! 土足で家に上がるな!」
昌信の言葉を無視するように、警官達は靴のまま部屋を隅々まで引っ掻き回していく。
その光景を眺めて、高橋は昌信を睨みつけた。
「5ヶ月掛って、やっとこの日を迎えられたよ。オマエの仲間も含めて必ず実刑に送ってやるからな」
そう吐き捨てると、昌信を残して自宅へと向かって行った。
同じ時刻。家鋪の事務所と自宅、カーショップの店主の元へも家宅捜索の令状を持った警官が押し寄せた。
桜井の実直さと、そのスピッリッツを受け継いだ高橋の勝利だった。
さっそく高橋は桜井に連絡を入れた。2人で追った被擬者だ。喜んでくれると思っていた。
だが、桜井の意見は彼らしいモノだった。
〈あと2週間早ければ、あの娘は罪を犯さなかった。それだけが残念だ……〉
貯水池から引き上げられた車体は、前部は大きく変形し、フロントガラスは粉々に砕け、事故の凄まじい衝撃を物語っていた。
鑑識による調査により、割れたフロントガラスに付着した毛髪が発見された。科学捜査研究所によるDNA照合を行った結果、野上諒子の物と判明した。
高橋には死んでもなお、物証を残してくれた彼女に感謝した。
次はクルマの持ち主の特定だった。ボディに刻まれた車体番号は、発覚を恐れ、削り取られていた。
だが、彼らは気づかなかった。
組み込んだサスペンション・アームやフェンダーにも、製造番号という固体を表す番号がある事を。
直ちにメーカーへの照会が行われ、件の商品が例のカーショップに卸された事を証明した。
厳しい尋問の結果、おおかたの真相が明らかになった。
車体は元々、登録を抹消されたスクラップ車を使い、エンジンやサスペンションを交換して、レース場専用車を作る予定だった。
そして事件当夜にそれは出来上がった。
「スッゲェじゃん! これっ!」
ひと月掛って組み上げたクルマを信也が見た時、彼は非常に喜んだ。だが、その後の考えが間違っていた。
「ちょっと乗らせてよ」
どしゃ降りの雨、クルマはレース用のため、溝の浅いタイヤを履いていた。
店主は必死に止めた。
レース用に改造したクルマは、素人が容易にコントロール出来るモノではないと言って。
しかし、信也は、
「ゆっくり走るから大丈夫だよ」
そう言ってクルマに乗り込み、エンジンを掛けた。
店主は父親である昌信に止めるように言った。
しかし、昌信も彼の言葉を聞かなかった。
そうして、惨劇は起こった。