「命の尊厳」終編-19
ーエピローグー
3年後。
〇〇市営病院
「森下さ〜ん!」
雑然とした待合室の中に、処置室から呼ぶ看護師の柔らかい声が響く。
「は〜い!」
森下由貴はイスから立ち上がり、処置室へ向かった。
部屋は机と簡易ベッドだけでいっぱいで、彼女が以前通っていた大学病院と比較すれば、かなり狭く感じさせる。
医師はパソコンのコンソールを叩き、患者のカルテをディスプレイに映し出した。
「それじゃあ上着を脱いで下さい」
優しい口調で由貴に言ったのは、加賀谷龍治だった。
「はい」
由貴は笑顔で軽く頷くと、上着を脱いで加賀谷に肌を晒した。
事は3年前に遡る。
由貴の自供から、〇〇署は直ちに現場へ向かうと、果たして、供述通りに勅使河原信也の遺体が見つかった。
しかし、
「じゃあ、自分がどうやって相手を殺したのか覚えて無いと?」
6畳ほどの部屋には、窓際と入口近くに机が1脚づつ。その窓際側に由貴は座らされ、対面の遠藤が彼女に事情を聞いていた。
入口の机に座る警官が、一言々を逃す事無く書き取っている。
供述調書。
追求する遠藤の問いかけに、由貴は俯いたまま、
「私は夢の中で、彼女が犯人を殺すのを許したんです。
でも、何も覚えて無いんです。
昨日の夕方自宅を出て気がついたら、この警察署の前にいたんですから……」
そう答えるだけだった。
一方、高橋はクルマで由貴の自宅へと向かった。
「なんで先走ったのか……」
走るクルマの中、悔しさが口をついて漏れてしまう。
(自分達が早く捕まえてりゃ、こんな事にならなかったんだ…)
己れの力の無さに、悲しみが込み挙げる。
由貴の自宅では、母親の京子が応対に出てきた。
「あら、貴方は桜井さんとご一緒の…?」
「ええ、高橋と申します」
面識のあった京子は、彼を見て笑顔で迎える。が、高橋は悲痛な表情だった。
「あれから、犯人はどうなりましたの?」
京子の無邪気な問いかけが、高橋をよけいに追い込んでいく。