「命の尊厳」終編-15
ー夜ー
勅使河原邸。
「なぁ親父! いつまでこんな生活続けなきゃいけないんだよ!」
信也は父親昌信に対して叫んだ。
ここ3週間。家鋪からの進言を受け、2人は極力外出を控えて屋敷に身を潜めていた。
年取った昌信はまだガマン出来た。だが、遊びたい盛りの信也にとってはフラストレーションが溜る一方だった。
不満を漏らす信也に、昌信は諭すように答える。
「もう、しばらくの辛抱だ。せめて表で見張っている刑事が居なくなるまでだ」
「刑事が?」
驚きの表情を見せる信也。
昌信はゆっくり頷くと、
「ウチから3軒先に、見慣れないクルマが停まっているだろう」
「それに刑事が?」
「ああ、玄関カメラで見たが、この3週間ずっと停まっている」
昌信の言葉に、信也は慌ててモニターに向かうと幾つかあるスイッチを押した。
玄関前が映る。角度を変えてズームすると、確かに見慣れないクルマが停まっている。
おまけに運転席では、わずかながら人影が動いていた。
見つめる信也の顔が歪んだ。
「クソッ! いつまでマークしてんだ」
「分かったか? 分かったら大人しくしてろ。そうすりゃヤツラだって手も足も出ないんだ」
信也は、不満で怒りの表情を露骨にしたまま自室へと戻って行った。
外灯の仄かな明かりを頼りに、勅使河原邸を見つめる高橋。
ポスターを貼って以来、何らかの動きはないかと張り込みを続けていた。
しかし、初日に家鋪が訪れて以来、彼らはまったく動かなくなった。
一見、無駄な捜査。
最初はそう考えていた。だが、先日受けた桜井からの励ましで、今ではそんな思いも消えた。
(今夜も動きそうにないな…)
クルマの時計を見ると午前1時を過ぎている。
「また明日…だな」
高橋はクルマのエンジンを掛けると、ゆっくりとその場を離れて行った。その姿を、信也は暗い自室のベランダから覗いていた。
「やっと行きやがったか……」
苦々しい顔で高橋のクルマを見送ると、そっと勝手口から自宅を出てガレージへと向かう。
「まったく……これ以上、部屋に籠ってたら、おかしくなっちまう…」
ガレージのシャッターを開け、自分のクルマに乗り込もうとして一瞬、動きが止まった。
(ここでエンジン掛けたら、すぐに親父が血相変えて追ってくるな)
信也はクルマから離れると、入口の門へと向かった。
閉じられた扉にリモコンをかざしてスイッチを入れると、わずかな音を立てて扉は開らかれた。