「命の尊厳」終編-14
「あれは諒子さんが現れたからよ。もしものために、前もって有理に言っておくから」
「なんて?」
「倒れたら、救急車呼んで〇〇大学病院に行くようにって…ねえ、お願いぃ!」
両手を合わせて懇願する由貴。
京子は、ため息をひとつ吐くと、
「仕方ないわね。有理ちゃんに、ウチの電話番号も言っとくのよ」
「ありがとう! お母さん」
由貴は嬉々とした表情を京子に見せると、跳ねるように自室へと向かった。
ハミングをしながら階段を上り、部屋に入ってドアーを閉めた。
次瞬間、彼女はヒザから崩れ落ち、両手で顔を被った。
「…ぐっ…うっ…お母…さん…ごめんなさい…ぃ…」
漏れる嗚咽を母親に聞かれないよう、由貴は静かに涙を流した。
空はどんよりと曇っていた。そろそろ梅雨を迎えそうな夕方。
由貴は大きめのバックを肩に掛けて玄関口で笑っている。
「気をつけてね」
見送る京子の顔は、未だ不安気な顔を湛えていた。
「じゃあ行くわ。お父さんにもよろしくね」
そう言うと玄関を後にする。
京子も後を追いかけるように出た。
振り返る由貴。
(…お母さん、お父さん。ごめんなさい)
門の外で、何度も手を振る娘の姿に応える京子。
(あの子ったら。あんなに手を振って)
京子は由貴が見えなくなるまで、見送った。
由貴はバスを利用し、最寄りの駅のホームで列車を待っている。
3番ホーム。
それは、かつて桜井に連れて行ってもらった諒子の事故現場へ向かう方向だった。