「命の尊厳」終編-11
「…言ってみろ」
その声に高橋は破顔する。
「あ、ありがとうございます!」
彼は桜井が異動してからの捜査状況を克明に伝えていく。
自身の停職。ポスターによる呼び掛け、家鋪の存在など、まるで堰を切ったように語り続けた。
その間、桜井は一言も口を挟むこと無く黙って聞いた。
「……以上です」
すべての説明が終わった。
だが、桜井は言葉を発しない。
高橋にとって、じりじりとした時が過ぎていく。
「桜井さん?」
時間にして1分ほどだろうか。
問いかけに応えるように、桜井はようやく口を開いた。
「そのまま進め…」
「えっ?」
「今のままの捜査を進めろ。
結局、近道なんてのはないんだ。
オマエが地道な努力を続けていれば、必ず…真実は白日の元に晒される。それまで頑張れ」
ベテランらしい、元相棒に送ったエールだった。
「ありがとうございました。桜井さんに聞いて頂いて、何だか…気持ちの整理がつきました」
「オマエならやれるさ…」
高橋は、お礼を言うと携帯を切った。その顔には、先ほどまで見せた迷いは消え失せていた。
同じ時刻。
森下由貴は野上諒子と、黄昏の草原を歩いていた。
由貴の夢の中。
見上げれば緩やかな緑の丘の真ん中を、1本の白い道が続き、その向こうに2本の白樺が並んでいる。
「前に言ったよね?私が思ってる事」
諒子は由貴に言った。その顔は哀しげだ。
由貴は頷き答える。
「ええ。貴方の気持ち、知ってるわ。でも……」
その顔が微妙に曇る。
「あの桜井さんが来て、ひと月足らずが過ぎたわ……私ね。これ以上待てないの!」
悲痛な思いを訴える諒子。
だが、由貴は彼女の気持ちに賛同出来ない。
「ダメよ。せっかく今まで待ったじゃない! もうすぐよ」
なだめようとする由貴。だが、言葉に確証は無い。
それを知る諒子は、なおも訴え掛けた。
「じゃあ答えて! 私の願いはいつ叶うの? 明日? 来月? 来年?」
由貴には答えられない。
諒子は懇願の目で彼女を見つめると、
「貴方は言ったわ。私の思いを叶えてやれると…」
そこまで言って口をつぐむ。
そして、再び開いた。