「命の尊厳」後編-1
ー夜半過ぎー
黒闇を切り裂くひと筋の明かり。
1台のクルマが重低音を響かせ、狭い住宅街の道を駆け抜ける。
極端に車高の低いクルマは巧みな操作で狭い道を抜け、やがて1軒の屋敷の中で停まった。
勅使河原家の屋敷。
閉じた門が自動的に開いた。
クルマは門を潜り抜け、赤茶色のレンガを敷詰めた庭先を走って行くと、その先に有るガレージへと車体を滑り込ませる。
運転席のドアーが開き、クルマから降り立ったのは若い男だった。
黒髪をムースで固め、身体の線を際立たせる今風の服を身につけた様は、運転免許を取得して間も無い位と見うけられる。
男は、そっと邸宅の勝手口を開いて中に入った。その途端、パッと部屋の明かりが灯る。
「…信也。今日も遅いな」
男はわざとらしく舌打ちをした。
声の主は男の父親である勅使河原昌信だった。
でっぷりと太った体躯と顔立ちは布袋様を思わせる。但し、目つきは雲泥の差だが。
信他は振り返ると、言い訳めいた言葉を昌信に吐いた。
「…友達と勉強してたんでね。親父こそ遅くまで起きてるじゃない?」
「オマエのクルマはうるさいのでな。イヤでも目が覚めてしまった…」
昌信のイヤミたらしい言葉に、信他はうんざりといった表情を露にする。
「オレ…もう寝るから」
そう言って昌信の脇をすり抜けようとした時、再び声が掛った。
「…最近…この辺りを刑事がウロついとるぞ」
信也の動きが止まった。
追い打ちを掛けるように昌信の言葉が背中越しに掛かる。
「昨日は、6人ほど〈あの場所〉に居たぞ。その中には若い女性も混じっていたようだ……」
信也が振り返った。
「…大丈夫だよな?親父」
顔を蒼白にし、すがるような目で父親を見つめる様は、幼子のように泣き出しそうな面を露にする。
対して昌信は、その顔を醜く歪めて笑うと、
「…ヤツらがいくら調べても、物証が無い限り任意でしか引っ張れん。唯一の目撃者も、もうこの世には居ないのだからな……」
昌信はそう前置きをした後、険しい顔を信也に向けた。
「だから、しばらくは大人しくしておれ。今のような交遊を重ねておると……分かるな?」
諭すように信也に聞かせた。
「わ、分かったよ……」
昌信の言葉に落ち着きを取り戻した信也は、そそくさと自室へ消えて行った。昌信はその後姿を目で追うと、深いため息を吐いた。