「命の尊厳」後編-9
「私、アナタにお礼言わなきゃ」
諒子が草原に目を向けて言った。その言葉の意味が分からない由貴が訊き返す。
「お礼って?」
「アナタのおかげで、私を殺した相手が分かったんだもの」
諒子は微笑み掛ける。
それを見つめる由貴も、にっこりと笑って見せた。
「私ね。アナタのおかげで生きていられるの。そのアナタためなら何だって出来るわ…」
「…それもあと少し……」
諒子は一瞬、哀しい目をすると、囁くほどの小さな声で言った。
「えっ?何か言った」
聞き取れなかった由貴が訊き返すが、諒子は再び笑顔を見せると、
「何でもない…」
そう言って芝生に寝転がった。
由貴も真似して横になる。
蒼天に浮かぶ白い曇。心地よい日光が降り注いでいる。
暖かな空気に包まれ、至福の時を過ごすうちに、2人はいつしか眠ってしまった。
どれほど眠っただろうか。由貴はふと、目を覚ました。
目に映ったのは先ほどまでの蒼天では無く、白い天井と蛍光灯の明かりだった。
(…えっ?諒子さん……)
となりに寝っているはずの諒子の方を見ると、母の京子がイスに腰掛け、自分の腕には点滴が付けられていた。
ようやく頭が覚醒してきた由貴。そこは病院の処置室だった。
「ああっ!気がついたのね」
安堵した表情で京子が由貴に近寄った。
「…お母さん。ここって…」
「刑事さんが来られてすぐに、倒れたのよ」
由貴はベッドの中で記憶を遡る。
(…そういえば、刑事さんに写真を渡された瞬間から…)
「ちょっと待っててね。あなたが気づいたら呼んでくれって言われてたのよ」
京子は慌てて処置室を後にする。
その後姿を由貴は眺めた後、再び思いに耽った。
(…今までは兆候が現れてから意識が飛んでいたのに。
先刻のはまったくそれが無かった……)
言いようの無い不安が由貴の頭の中をよぎった。
その時、パタパタと足音が処置室へと近づいて来た。