「命の尊厳」後編-3
30分後。桜井達の前に広大な屋敷が現れる。
邸宅は高い塀で囲まれ、唯一の入口も門によって固く閉ざされていた。
苦い顔で邸宅を見つめる桜井。
以前、訪れた時の事が甦る。非協力的というよりも、敵愾心に満ち溢れた態度。
警察と聞いただけで敵視する人間は多々いる事から、あまり気にも留めなかった。
だが、〈事件に関わっている〉と前提すれば、実に正直な態度だったのだ。
「高橋。オマエは黙ってろよ」
桜井は、そう前置きしてからインター・フォンのボタンを押した。
数秒の後、女性の声が聞こえてきた。
「…どちら様です?」
対応に出たのは家政婦だった。
「〇〇県警。刑事課の桜井です」
しばらくの沈黙。おそらく門に設置されたカメラで、こちらの様子を伺っているのだろう。
やがて、スピーカーから聞こえる声が、野太い男のモノに変わった。
「…前にも言いましたが、私は何も見ていないんですがねえ…」
勅使河原昌信の声だった。
桜井はインター・フォンのマイクに近くと、呟くほどの声で言った。
「…実は、ようやく当時の目撃者が見つかりまして。その証言の確認なんですよ」
「エエッ!?」
思わず声を挙げた高橋を、桜井が睨みつける。
だが、昌信に高橋の声に耳を傾ける余裕はなかった。
(そんなバカな…)
昌信は絶句していた。
(あの土砂降りの真夜中に見ていたヤツがいたのか……)
「勅使河原さん?」
長い沈黙を破って桜井の声が昌信の思考を遮った。
「…分かりました。どうぞ」
スピーカーの声と同時に、〈カチャッ〉という音と共に扉が開いた。桜井達は開いた扉を素早く潜り抜け、邸宅の玄関ドアーに向かった。
合わせたように昌信が玄関を開けて出て来た。桜井は、さも恐縮したような態度を見せる。
「勅使河原さん。ご協力、感謝致します」
昌信も挨拶をするが、その言動は焦りが見えた。
「刑事さん。目撃者が見つかったと言われましたが?」
「ええ。事件から3ヶ月半も経過してですよ。その証言も信憑性に乏しいんですが、私共も受けた以上は調べる必要があって……お分かりでしょう?」
桜井はわざと謙った言い方で、昌信に伝えた。