「命の尊厳」後編-19
ー翌日ー
「桜井君。署長がお呼びだ。至急、私と署長室に行ってくれ」
朝。刑事課に現れた桜井に課長の牟田から声が掛った。
「…署長が…ですか?」
「ああ…」
牟田は普段と変わらぬ顔を桜井に向けると、彼と共に署長室へ歩き出す。
その後を桜井は付いて行く。
ゆっくりと階段を上がり、署長室を前にした途端、牟田は桜井に対して頭を下げた。
「桜井君…すまん…」
牟田は署長室のドアーを叩いた。桜井に、言いようの無い不安が広がっていく。
室内から高柳の〈どうぞ〉と言う声が聞こえる。牟田がドアーを開いた。
「署長。桜井君を連れて参りました」
「おお、中に入ってくれ」
高柳はデスクから立ち上がると、にこやかな表情で2人を迎える。
「署長。どういった用件でしょうか?」
桜井は緊張した面持ちで、高柳を見つめた。
高柳はその柔和な顔を一変させた。
堅い表情と真剣な眼差しで桜井を見据えて言った。
「単刀直入に言う。来週から〇〇県の〇〇署に異動してくれ」
その瞬間、桜井は目を見開いた。
(そんなバカな!)
血が逆流する感覚に見舞われ、身体が震え出す。知らぬうちに拳を作り固く握り締めていた。
桜井は奥歯を噛み締め、頭を下げた。
「…わ、分かりました。すぐに用意します…」
高柳は桜井に頭を下げる。
「すまない。君を守ってやれなかった」
桜井は冷静さを取り戻していた。
「仕方ありません。これが、我々の仕事ですから…」
そう言うと、署長室を後にした。
「高橋!」
桜井は刑事課に戻ると大声で高橋を呼んだ。
「どうしたんですか?桜井さん」
高橋が慌てて走り寄る。
桜井は胸ポケットから手帳を取り出し高橋に渡すと、
「これに事件のすべてを書き留めている。これからはオマエが持ってろ……」
手渡された手帳に、高橋は困惑した。