「命の尊厳」後編-18
「そのコンプリート・キットと言うのは?」
「エンジンのチューンアップも含めて、レース用に必要なパーツをセットで販売するんです」
高橋は店主の言葉に大きく頷いた。
「なるほど…それは部品だけ売ったのですか?」
「いえ。取り付けや調整も含めてウチでやりました」
高橋は慌てた様子で内ポケットから写真を取り出すと、
「その…売った相手とは、この男じゃないのですか?」
店主に渡した。
その様子を桜井は凝視する。
「…違いますね。もっと太った男でしたから」
店主は首を振りながら否定の言葉を発した。だが、その目に映ったうろたえを桜井は見逃さなかった。
「もう1度よく見て下さい。間違い無いですか?」
桜井は高橋の間に入って店主を睨め付ける。
「違います。今も言ったように、太った男でした」
店主の声が微妙に変化した。
(ひとつカマを賭けるか……)
桜井は思い切って店主に訊いた。
「あなた、その写真の男を知ってますね?」
「な、何を言うんですか!刑事さん」
店主は、顔面を蒼白にして声を荒げる。
「その写真を見た瞬間、あなたの表情が変わった。それは取りも直さず、その男。勅使河原信也を知ってるからでしょう?」
「…そ、それは下種の勘繰りと言うものですよ。私は今、言ったようにその男は知りません」
店主はきっぱりと言い放った。
「…そうですか……」
桜井は深くため息を吐いた。
「分かりました。ただ、これだけは聞いて下さい。
もし、ここで行われた改造車が、事件に関わっていた場合、我々は警察の威信を賭けて真相を解明します。
その時になって言い訳しても遅いですよ……」
桜井は燃えるような視線を店主に向けて言った。
聞き込みを打ち切った桜井達は、店を離れて行った。店主は、その姿をしばらく追っていたが慌てて店内に戻ると、電話の受話器を掴んで素早くボタンを押した。
数コールの後、相手と電話が繋がった。
「…!て、勅使河原さん。まずいよ…たった今、ウチに刑事が来て……」
最後の1軒に向かう車中、2人はずっと無言だった。
しかし、ついに核心に近づいたという実感があった。
「おそらくアイツですよ…」
「…間違い無いな」
高橋の言葉に桜井は頷いた。