「命の尊厳」後編-12
高橋はキャメルに火をつけ、ゆっくりと深い呼吸をした。
暖かな風にのって、青い煙が拡散していく。
ニコチンで全身が弛緩していく中、ふと階下の駐車場を見ると、レッカー車が停まっていた。
その後には鮮やかな色に塗られた、極端に車高の低いクルマが繋がれている。
(不正車輌の押収か……)
そのクルマはタイヤを被うフェンダー辺りが、外にはみ出していた。
その瞬間、高橋の頭が激しくスパークした。
(…もしや…!)
気が付けば非常階段を走り降り、押収車輌を覗き込んでいた。
「どうかしましたか?」
高橋に声を掛けて来たのは、交通課の若い警官だった。
「こ、このクルマって、元の車幅はもっと狭いですよね?」
ジェスチャー混じりで尋ねる高橋。言葉にするのも、もどかしいといった感じだ。警官は、その雰囲気にたじろぎながら答えた。
「…これはクルマのサスペンション・アームを伸ばしてるんです」
「サスペンション・アーム?」
理解出来ないといった様子で言葉を繰り返す高橋。警官はクルマの底を覗くように、低い姿勢で説明した。
「タイヤと車体を繋ぐ横に走る板状の物が見えるでしょう。
あれがサスペンション・アームです。この車輌は普通のヤツより10センチほど伸ばしたヤツに換えてるんです」
警官の指差す場所を覗きながら、高橋は興奮を覚えた。
「すると、サスペンション・アームを変えれば車幅は変わるというわけですね?」
「…ええ。トレッド…タイヤ間の幅は広がります」
高橋は破顔させて警官の肩を叩いた。
「ありがとう!アンタのおかげで進展が得られれそうだ」
そう言うと階段を駆け上がって行き、足早に署内へと戻った。
残された警官は、何の事だか分からずに、ポカンとした表情を浮かべて高橋を見つめていた。
「ヨシッ!やるぞ」
部屋に戻った高橋は、声を弾ませて自分の席に着くと、パソコンに向かった。
その表情からは、先ほどまでの落ち込みようは未塵も見られない。
そんな姿を見た牟田は、口の端を上げてクスリと笑った。
「すると、アナタ方も知らないのですね?」
静かに、しかし力強く訊く桜井は、射抜くような眼差しで前に座る若者達を見つめる。
私立〇〇大学事務局。
その応接室に呼ばれたのは、機械工学部の2年生で、自動車部に所属する勅使河原信也の友人達だった。
桜井は、信也が買ったクルマの履歴を彼らに訊いていたのだが、誰ひとりとして今のクルマ以外、知らないと言う。
桜井の質問は続く。