「命の尊厳」後編-11
ー翌日ー
高橋は朝から所轄運輸支局にあるデータベースを調べていた。
県下で新規登録や名義変更されたニッ〇ンの小型車は、この1年間で約5,000台。
その内、色や車種の該当違いが8割あまり。残りから営業車や女性や老人ドライバーなど、勅使河原とは関連の無い物については、取り除いていった。
そうして、ふるいに掛けて残ったのは10台。
「課長!」
高橋は課長の席に向かった。
課長の牟田は、端末のディスプレイから目を離すと高橋に向けた。
「これをお願いしたいのですが」
「これは何かね?高橋君」
それは署長宛ての申請書だった。
未確認の10台が現存状況を、所轄警察署に確認依頼するための許可を、署長からもらうためのものだ。
牟田は黙って申請書に目を通すと、しばらく考えるふりをして、
「もし、すべて現存した場合、後の捜査方針をどう方向転換させるのかね?」
事務的な口調で言い放つ。
「…それは……」
「尾行でもしてボロを出すのを待つつもりかね?」
高橋は黙ってしまった。
見かねた牟田は、表情を柔らげると静かに語り掛ける。
「それよりも、桜井君ともう1度捜査方針をよく話し合ってみろ。何か見落としてるんじゃないのか?」
牟田の言葉が、高橋の胸に突き刺さる。
「確かに…目撃者が見つかったんですから、任意で引っ張って来れば良いと思うのですが。
桜井さんが、物証を探さない限りダメだって……」
牟田は、目撃者である由貴の事情を桜井から聞いていた。
仮に容疑者を検挙出来たとしても、彼女の証言では検察側も起訴に踏切れないだろう。
「とにかく。桜井君が戻ったら相談してみる事だ。申請書はそれからでも遅くなかろう…」
牟田のアドバイスにより、高橋は申請書を取り下げて自分の席へと戻った。
(物証を探せってもなぁ…)
頬杖を付いて考え込む。
前出の10台以外とすると、この1年間で登録抹消されたクルマの行方まで調べる必要がある。
(…これじゃ何年先になやら……)
先の事を考えただけで、憂鬱な気分に満たされていく。
「ちょっと一服してきます」
席を立った高橋は、部屋を出て左に折れると、廊下のつき当たりにある非常階段に向かうドアーを開いた。
非常階段の踊り場に置かれた小さな屋外用灰皿。
2年前から全館禁煙となったため、高橋のような喫煙者は、このような場所でタバコを吸わねばならなくなった。
今は過ごしやすい季節だから問題無いが、寒風舞う真冬に喫煙していると、やってる事が悲しく惨めに思えてくる。