恋の奴隷【番外編】―心の音E-1
Scene6−過去と涙と虹と
「ナッチーおはよ!」
「…お、おはよう」
挨拶をしてきたクラスメートに、私は引きつった愛想笑いを浮かべた。
なんだか知らないうちに、一部の生徒達は、私のことを“ナッチー”と呼ぶようになっていて。そして、主に男子からは、
「姐さん!おはようっす!」
なんて、呼ばれているわけで…。
「や、やめてってば…同い年なのに何で姐さんなのよ」
「いやいや!俺ほんと憧れるっす!」
ノロ相手についむきになって、回し蹴りやらアッパーカットやらかましていたら、いつの間にやら、結城武勇伝が確立してしまって。痴漢を病院送りにしただとか、不良集団をたった一人で蹴散らせただとか。しまいには、背中に虎の入れ墨が入っているだとか…根も葉も無い噂がみだりにはびこってしまっているわけで。
「姐さんの飛び蹴りは、まるで宙を舞う蝶のように優雅で…惚れたっす!弟子にしてください!」
こんな突拍子もないことを言い出す人まで現れ始めて、ほとほと困っている。
「もう嫌…」
「姐さん、お疲れのようですが?」
机に突っ伏してぐったりしていると、頭上から声がして。顔を伏せたまま瞳だけ上へ向けると、ヒデが意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。
「からかわないでよぉ…」
「ははっ、冗談だよ。何だか大変そうだな」
「笑い事じゃないわよ。私は目立ちたくないのに」
私はうなだれたまま、溜め息混じりに不満を垂れた。
「まさか今まで目立ってないとか思ってたわけじゃあないよな?」
「え?どうゆう意味?」
小首を傾げて問い返す私に、ヒデは呆れた風に眉を下げる。
「はぁー。お前、中学の頃から目立ちまくってたぞ。柚姫派と夏音派で対立しててさ。高嶺の花とか言われて、誰も近づけなかったみたいだけど。で、そのとばっちりが俺にまできてたんだぜ?紹介しろとか」
「な、何それ…」
「ったく。お前も案外鈍感だな。ま、俺は今の方が好きだぜ?その方が夏音らしいと思うし」
夏音らしい―その言葉に胸がチクリと痛んだけれど。私は曖昧な笑みを返した。
―男の子が好きな遊びを好んで、男の子と一緒になって遊んでいた私。その方が楽しかったし、周りの目なんて全然気にしていなかった。けれど、思春期になると、そんな私を“男好き”と軽蔑する人もいて。初めは陰口を叩かれる程度だったから、たいして気にも留めずにいて。それが気に入らなかったのかも知れない。嫌がらせは、より陰湿で、過激さを増していった。人をまるでおもちゃのように扱って、面白がって。
誰だって感情を持っているのに。
群がって私を痛めつける。
完全に孤立した私。
学校の先生は、見て見ぬふりをして。両親は私の話しなんて聞こうともせず、責め立てるばかり。
私の目に映る世界は全て醜くかった。
私は異質物だから。
目立ってはいけない―