天使の梯子 〜初恋〜-1
瞳を閉じると今でも思い出す。
あの日一緒に見た空。天使の梯子。
彼女の涙。
恋と呼ぶにはあまりに未熟で切ない想い。でもとても大切な、いつまでも胸にしまい込んでおきたい気持ち。
今にして思えば。
その想いを初恋と呼ばずして何と呼ぶのか……。
「ねえ、知ってる?」
彼女は冬の空を指差した。
指の先の彼方には、冬特有のどんよりとした暗い雲の隙間から差し込む一筋の真っ直ぐな光。
「天使の梯子、って言うんだよ」
「ハシゴ?」
「そう、あの光に乗って苦しんでる人を助けに来てくれるの……」
彼女の横顔が急に寂しいものに変わる。
その横顔を見て俺は意味を理解する。そして彼女が覚悟しているものを……。
「あー、あれだな。ハシゴというからには、天国まで昇らなくちゃいけないんだ。しかも天使と一緒に。大変だーってかちょっとウケる」
ちょっとおどけた俺の言葉に、彼女は一瞬大きな目をまん丸にして、その後ふてくされた。
「デリカシーがないんだから……!」
ふくれる彼女の頭をポンポンと叩く。
叩かれたところを擦りながら、はにかんだ笑みをこちらに向けた。
かわいい……。
俺は彼女に何もしてやれない。
だけど、こうやって笑っててくれれば、それだけで俺は嬉しいんだ。
彼女がもう一度空を仰ぐ。
さっきよりは少しあかるい表情で。
でも彼女は、細い体に大きな病を抱えていた……。
彼女と初めて出会ったのは、『天使の梯子』の話より数ヶ月前の病院の屋上だった。
夏に比べ幾分高くなった空に、飛行機雲が幾筋も残っていたのを覚えている。
高校2年だった俺は、じいちゃんの手術の間、なんだか息苦しくなって、屋上に出た。
思いっきり息が吸いたくなって。
そこにいた先客が、永瀬春香だった。
屋上のフェンスに指を絡め、町並みを見下ろしているその姿がとても儚げで。
まるで下界を見下ろしている天使のようだった。
一瞬目が奪われた。
薄い桃色のパジャマに白いカーディガンを羽織っていたから、ここの患者であることはすぐにわかった。
振り向いた彼女は、人懐っこく手招きして話しかけてきた。
「ね、その制服桜川学園……のよね?」
彼女の視線は自分の着ている制服に向けられている。
「うん、そうだけど」
何の変哲もない自分の制服を見遣りこたえた。