天使の梯子 〜初恋〜-2
「見て」
彼女の指差す方を見ると、眼下に広がる街の景色。その中に俺の通っている高校も見えた。
「桜の時期にここから見るとね、校舎が桜色の海に浮かんでいるみたいに見えて綺麗なのよ」
「へえ……」
確かに桜川学園の名の通り、桜がたくさん植わっていて入学式のときはきれいだったな。
「私も通ってたんだけど、入院しなきゃいけなくなって……」
長い睫毛を伏せる。
「そうなんだ、何年?」
「2年」
「え、タメじゃん」
俺の言葉に彼女の顔が輝く。
「そうなの?!嬉しい!」
知らなかったなー、こんなかわいい子がタメにいたなんて。
いやいや、不謹慎だぞ俺。
口を真一文字に結んで気合いを入れ直す。彼女はそんな俺を首を傾げながら見ていた。
それから、担任は誰だとか友達の話とか。
話を聞けば彼女は文系クラスで、俺は理系クラスだからあまり面識がないのは無理もない。
二人でベンチに座り込んで話していると、屋上の入り口から声がした。
「陸!手術終わったわよ」
「ああ、今行く!」
大きく返事をして、ベンチから腰を上げる。
じいちゃんには悪いけど手術中なのを一瞬忘れるくらい、夢中で話をしていたことに気がついた。
「じゃあ……」
俺が言いかけると、
「ねえ、また……来てくれる?」
俺はその願いを拒むことが出来なかった。
いや、出来なかったわけじゃない。
俺もまた会いたいと、心から願っていたのだから――。
「俺、斉藤陸。また来るよ」
その時の彼女の心底嬉しそうな彼女の笑顔が忘れられない。
それから、俺はじいちゃんの見舞いがてら春香の病室を訪れるのが日課になった。
じいちゃんは手術後の経過もよく、退院した後も俺は春香に会いに来ては学校の話をした。……といっても、俺はあまりしゃべるのが得意ではないので殆どは春香が話しているのを聞いてるだけだったけど。
たまに春香の友達と遭遇して、
「斉藤くんと春香の組み合わせって不思議なんだけどー」
なんて言われた事もあった。
確かに接点が何もないから、言われるのも当たり前か。
こうして見ていると、春香は良く話し、良く笑う。
病気なのが嘘なのではないかと思うほどに。
でも、俺の知らないところで春香の病は確実に進んでいた。
病室を訪れても、発作で会えない日々が続いた。
今まで病なんて気の持ちよう、が信条だった俺も、この世の中にはどうにもならない病があるということに。
今更ながら目の当たりにした。
「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」
春香の母親が申し訳なさそうに言う。
「いえ……」
そんな時何も出来ない自分を不甲斐なく思う。
もどかしい。
扉の向こうでは、春香が苦しんでいるのに――。