恋の奴隷【番外編】―心の音D-3
「ノロ…ごめん!」
「な、何だってぇ!?」
ノロは白目を剥いて、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「ふっ…あはははは!」
「何で笑うんだよ!ちっとも笑えねーよ!」
「だ、だって!あははッ!当時はね、ノロの嘘つきって腹を立てていたけど…ふふふ、馬鹿みたいッ!」
届くはずのない手紙を待って。まだかまだかと、唇を噛み締めていたあの頃の私。幾つもの年月が経ち、ようやく知り得た真相は、情けないくらいに可笑しくて。
「ったくぅ…笑い事じゃないっつーの」
笑い過ぎて目尻に涙を浮かべている私に、ノロはがっくり肩を落としてしょぼくれながら、そうぼやいた。
ねぇ、ノロ。覚えてる?
泥だらけになった私を見たら、私の両親が怒ることを知っていて。何も言わずに黙って私の家までついてきて。一緒に叱られてくれた。そんな時でも、ノロはずっとニコニコ笑っていたものだから、いつも最後は両親も、しょうがないわね、っと困ったように笑みを浮かべていたよね。
私が落ち込んだ時も、嬉しい時も、悲しい時も。
いつだって私の側にいて、青空のように澄んだ目をして、キラキラと太陽のような眩しい笑顔を私にくれた。
ノロは、私を元気にさせてくれていたの。
私こそ、ノロに助けられていたのかも知れない。
だから、私の目の前からいなくなって、本当はもの凄く寂しかったし、辛かった。強がりな私は、ちっとも素直になんてなれやしなかったけれど。
「でも、私に気付いたのならもっと早く言ってくれれば良かったじゃない」
ひとしきり笑い倒して、私はふと尋ねた。
「それはそうだけど…本当はナッチーから声掛けて欲しかったんだよ!忘れられてんのって悔しいし。そんな意地張ってたら一年過ぎちまってさ」
「もぉー相変わらずのろいんだから」
「だからぁ!もうのろくなんかねーよぉ」
ケラケラと笑い声を上げてからかう私に、ノロは眉を八の字に下げてしょげ返ってしまったけれど。それから、他愛もない会話のやり取りを幾度か交わして。いつの間にか二人して馬鹿みたいに笑っていた。そんな空気が、懐かしくて心地よい。それと同時に、何だかくすぐったい。
「それにしても時の流れは恐ろしいものね…」
帰り道、自転車を押して歩くノロの横顔をまじまじと見詰めながら、私は独り言のように呟く。
フランスだかどこかのクウォーターという噂は耳にしていたけれど。アーモンド型の優しそうな二重瞼に色素の薄い瞳、すっと通った鼻筋、シャープな輪郭、かつてのノロはすっかり影を潜めていて。私はこれまでちっとも見向きもしていなかったのだけれど、つい目を奪われてしまうくらいに綺麗な顔立ちをしているわけで。周りの女の子達に騒がれるのも納得してしまう。
「そんなにじろじろ見るなよ」
ノロは苦笑いを浮かべて、目だけをこちらに向ける。
当たり前だけれど、声も幾分低くなって、大人びちゃって。私よりも低かった身長だって、ぐんと抜かされていて。ちょっぴり寂しい気持ちになってしまう。
「だって…ノロ、別人なんだもの」
私はそう言って、大袈裟に溜め息をついた。