おにみのッ 第二話 「奇跡」-1
ダイキは悩んでいた。小学校の頃、幼なじみに誘われ野球を始めた。中学高校と続けて今年で九年目になる。それを後悔する気はない。だが、未だに高校野球には悪しき風習が残っている。青春を謳歌するはずの青年を泣かせる風習が。
ふう、と溜め息をつく。思えば、小学生の頃は溜め息を吐くなどといった暗い癖は無かった。この癖は中学に入学してから、つまり、あの女と出会ってから身に付いたものである。あの女のことを考えると、またも溜め息が出てしまう。授業中なのに窓の向こうに見える緑がかった桜を見る作業にも力が入るというものだ。
ダイキが熱心に授業放棄をしていると、彼の右肩をシャープペンシルの先でつんつんと二回つつく人間がいた。ダイキが人間の反射作用で右を振り向く前に、三回目のシャープペンシルの先が来襲する。それは制服を貫き右肩に突き刺さった。
「あ、ごめん。反応が遅かったから」
ダイキが鋭い痛みに妙なうめき声を挙げるのを眼前に、口先だけの謝罪を述べる少女がいた。ミノだ。学校内で彼女のトレードマークになっている不気味なニヤケ面を浮かべ、ダイキの苦しむ様を観察している。
「……ミノ。頼むからもう少し忍耐力を養ってくれ。いいか、人間は判断力の欠如で結婚して忍耐力の欠如で離婚するんだぞ?」
「そして記憶力の欠如で再婚するんでしょう?」
たった今凶器と成り果てたシャープペンシルを指先で弄びながら、右頬の黒子が印象的な少女はニヤケ面をより深める。制服、髪、腹までも黒い毒舌少女だ。唯一、肌だけは白いが、これは生来の出不精によるものだろう。中学時代から、ずっとダイキの悩みの種であり続けた人間でもある。
「あんたがあんまり馬鹿面で呆けてるもんだから、見かねて正気に戻してあげたのよ。善意の行いよ」
「ありがた迷惑」というより、むしろ「はなはだ迷惑」なのだが、ダイキにそんなことは言えない。
「いやなんだ。考え事をしていたんだ。俺ももう十七歳だし、彼女の一人でもいて良いんじゃないかと思ってさ」
痛みが去ってからも右肩をさすりながら、ダイキは神妙な面持ちで語る。本人は真剣だ。だが、およそ原ミノという人間は普通の女子高生の属性に当てはまらない。思春期の女性なら飛びついてくるような「恋バナ」も、彼女にとっては口撃か嘲笑の的でしかない。案の定、ミノはニヤケ面に嘲りの色を浮かべながらダイキを見据 える。
「あんたに彼女? 無理よ。性格や顔とか色々な判断基準があるけど、何よりもまずあんたみたいな腐れ坊主なんかに魅力なんか感じないわよ」
「き、貴様それは全国の高校球児に対する侮辱だぞ!」
まさしく進行形で現役高校球児を悩ます問題を指摘され、ダイキは思わず強い言葉を返す。