未来と過去と今と黒猫とぼく ー約束・後編ー-4
「ぼくは…」
「え?」
「ぼくは…誰だ?」
「…君は…」
「何で生きてるんだ?」
「それは…」
「優姉さんも死んだし、黒も死んだ、色々な物が消えて、無くなっていく」
「うん…」
「みんな、大切な物があったはずだ、守りたい物とか、大切な物があったはずなんだ」
「うん…」
「なのになんで…そんな物が一つも無いぼくが生きてるんだ?」
喋れば喋るほど、ヒビは広がっていった。
喋るべきでない事は分かっていたけど、それでも止められなかった。
「もっとみんな、生きるべきだった。消えるべきなのはぼくだったんだ」
「…」
「永遠があればいいのに、誰かの幸せが永遠であればいいのに。幸福が永遠であればいいのに」
「…」
「おかしいよ、変だよ。ぼくが生きられる、それはおかしいんだよ」
「そんな事…」
「ここに居るべきなのは違う人なんだ…ぼくじゃないんだ…おかしいよ…そんなの…」
「もういい…ごめんなさい、お願い、それ以上言わないで…お願いだから…」
伊隅さんは立ち上がり、ぼくの手をとった。
その手は、残酷なくらい温かかった。
その手を温かいと感じる自分が、酷く腹立たしかった。
「何で…何で…」
「大丈夫…大丈夫だから」
伊隅さんはぼくの顔を覗きこんだ。
彼女の目は優しく、温かく、愛おしく、そして悲しかった。
見たくなかった。
伊隅さんの目も、それに映る自分も、その後ろに映る星々も。
それでもぼくは顔を背ける事ができなかった。
怖くて怖くて、全てが悲しくて、彼女の温かさを手放せなくなっていた。
「死ねばよかったんだよ…死ぬべきなのはぼくだったんだ…優姉さんは…生きなきゃいけなかった…」
「大丈夫…大丈夫だよ…」
「あの人ならできたんだ…誰かを愛せたし…誰かから愛された…ぼくはどっちもできないんだ…変だよ…おかしいよ…」
「大丈夫…大丈夫だから…」
伊隅さんはゆるやかな動作で、柔らかにぼくを抱きしめた。
手で感じていた温かさが、全身を包んでいた。
それは自分にはまったく関係の無い物だと、感じてはならない物だと分かった。
優姉さんとの約束を破る証になってしまう、酷く幸福で温かな物だと分かった。
「お願いだ…伊隅さん、やめてくれ…」
「…何で?」
「もう駄目だ、これ以上は…ぼくはもう戻れなくなってしまう…優姉さんとの約束を破ってしまう…」
ぼくは戻らなければならなかった。
あの冷たさも温かさも重さも軽さも無い、平坦な世界へ。
その世界こそが自分が生まれ、死んでゆくべき世界だとぼくは知っていた。
その世界で生き続ける事が、優姉さんとの約束だった。
彼女の死を悲しめなかった自分にできる、せめてもの事だった。