「命の尊厳」中編-8
ー深夜ー
由貴はベッドに横たわり、静かな寝息を立てていた。夢の中、いつもの漆黒の空間に立っていた。
心臓は平穏な鼓動を刻んでいる。
由貴は彷徨っていた。彼女に会いたいと、いつもなら面前にあるはずの回廊が見当たらないのだ。
(…何故…今日に限って……)
長い時間、由貴は歩き回った。
だが、回廊は忽然と姿を消したように無くなっていた。
その時だ。何処からか、一陣の風が由貴を襲った。風というよりも突風が。彼女は風を避けるように、顔を逸らした。
風が止んで顔を上げた由貴の目の前に、人が立っていた。
野上諒子だった。
諒子はわずかに顔を綻ばせて、由貴を見つめている。由貴も彼女に合わせるように微笑むと、そばに近寄った。
(…一緒よ。私達…ずっとずっと……)
ひとつの肉体に宿ったふたつの魂。昨日までは唇の動きでしか分からなかった諒子の心。
それが今は口にしなくても、由貴には理解出来る。
まるで昔からそうだったように。
諒子が由貴の手を握る。
途端に、手から手へ、電流が流れ込むように諒子の心が伝わって来た。
(…そ、そんな事……)
諒子の想いに戸惑う由貴。
身体の中で、お互いの意思が幾条もの帯のように張り巡り、やがて絡みつき、ひとつの塊となった。
(…分かったわ。貴方の思うようにおやりなさい……)
由貴は諒子を見つめて微笑んだ。
諒子も微笑み返す。しかし、その目は哀しそうだった。
次の瞬間、再び突風が2人を襲う。そして、辺りに静寂が戻ると、野上諒子の姿は無かった。
「…!」
目を覚まし、起き上がる由貴。
そこはベッドの中で、カーテン越しに朝の日が差し込んでいた。
両方の掌を見つめる由貴。そこには、諒子の感触が残っていた。