「命の尊厳」中編-7
「桜井さん。是非、あなたに聞いて頂きたくて……」
松浦はそう前置きした後、昼間に起こった由貴との出来事を詳細に渡り桜井に語った。
黙って聞いている桜井は落胆した。なにか容疑者に繋がる情報かと期待していたのが、その内容が、どこかオカルトめいた妄想に聞こえたからだ。
しかし、次の言葉が桜井には引っ掛かった。
「…彼女は事故の状況や犯人の顔を知っていたんです」
(なるほど。調べてみる価値はありそうだな)
桜井は情報提供のお礼を松浦に言うと、受話器を元に置いた。
(まともに調べるとマズいな……)
そして、しばらく考えてから、
「高橋。オレは明後日休みを取る。オマエは引き続き周辺住人の聞き込みにあたってくれ」
「さ、桜井さん!こんな時に休暇って……」
高橋が声を荒げた。桜井は彼の胸ぐらを掴むと顔を近づけ、
「容疑者を見たというヤツが分かった。但し、他県のヤツなんだ。大っぴらに動いたら……」
桜井はそこまで言うと、高橋を掴んだ手を離した。
「分かりましたよ…」
高橋は憮然とした表情で承諾すると、
「でも、帰ったらオレにも教えて下さいよ」
「分かってるよ」
桜井の中で燻っていた物が、再び熱を持ち始めていた。
ー夜ー
夕食の時刻。一家団欒のひととき。だが、今夜の由貴は、いつになく鬱ぎ勝ちに食事を摂っていた。
朝早くから〇〇総合病院に出かけ、夕方前に帰ってからずっとこの調子だった。
さすがに見かねた母親の京子が由貴に声を掛ける。
「病院に言って何か有ったの?」
由貴は押し黙っていたが、やがて箸を置くと困惑した表情で語った。
「…それが…覚えてないの」
「覚えてないって?」
呆れ顔で言葉を続けようとする京子を、父親の邦夫は制した。
由貴はすがるような目で両親を見つめて言った。
「…び、病院について5階に降りた辺りから段々意識が遠のいて……その後、気が付いたら帰りの列車の中だったの……」
そう語って、由貴は俯いてしまった。
「じゃあ、病院での出来事は…」
邦夫の言葉に、ただ黙って首を振るだけだった。
「何か分かると思ったのに……」
京子は落胆の色を隠す事無く、ため息を吐いた。