「命の尊厳」中編-5
正午前。由貴は自宅から百キロほど離れた〇〇総合病院を訪れていた。
広大な敷地にふさわしいオフホワイトに塗られた巨大な病棟。
初めて見る光景のはずなのに、由貴は妙に懐かしく感じられた。
正面入口から中へと入ると、高い吹き抜けの空間が目に止まる。
採光ガラスを設け、そこから入る日光が、広い待合室を明るく清潔感の有る空間にしていた。
由貴の身体は、その先に見えるエレベーターホールに自然と向かう。
まるで、昔から知っていたかのように。
エレベーターに乗り込むと、彼女は躊躇せずに5階を押した。
心臓の鼓動が速くなる。
5階へと上昇する中で、由貴は不思議な感覚に見舞われた。
目に映る物が、離れた場所から見ているような。まるでテレビの映像を眺めているように。
身体も同様だった。すべての感覚は有るのだが、まるで靄にでも包まれたように薄れて伝わって来る。
エレベーターは減速の後に停止し、ゆっくりと扉を開いた。
左右に広がる白い廊下。
由貴の身体は右に進むと、その先を右に折れる。奥の通路に差し掛かった。
正面にナースステーションが見える。その通路を左に曲がると、ガラス窓に遮られた〈集中治療室〉と書かれた部屋の前に出た。
心臓はさらに鼓動を速める。
誰も居ない部屋。由貴は窓にすがり付くと、自身の意思に反して涙を流していた。
「何をしてるんです!?」
由貴を呼んだのは、回診に付き添う看護師の一人だった。
その後に松浦哲也はいた。
その姿を見た時、由貴の意識は遠のき、別の意思が現れた。
「3ヶ月前、私はここに運ばれ、ここに眠ってました……」
その声は、いつもの由貴とは違う低いモノだった。
「…君は誰だね?私が診た患者さんかね」
問いかける松浦。
由貴は松浦を見据えて静かに言った。
「…あの時、先生は懸命に手当てして下さいました……意識の無い私に対して……」
(…まさか……)
松浦の顔に狼狽が映る。
由貴の身体は、丁寧に頭を下げた。