「命の尊厳」中編-4
「はっ!」
鏡を見て後ずさりする由貴。
映る像が歪んでいく。それはまるで、水面を波紋が揺らすように。
恐怖で背中は壁を押し、顔をひきつらせる由貴。顔は逸らしているが、目だけは鏡を捉えていた。
(…な、なに?)
次第に歪みが静まるとともに、鏡の像が揺れながら表れる。
そこに映ったのは由貴では無く、回廊に居た女だった。
その目が由貴と合った瞬間、女は鏡をすり抜け、彼女の目の前に現れると身体の中へと飛び込んだ。
由貴の網膜に闇が映る。
冷たいものが幾重にも頬を叩いた。
(なっ!?何…)
轟音が鳴り響き、帯のような銀糸が由貴の目に見える。
そこは激しく降る雨の夜だった。
(…何…ここ……?)
戸惑う由貴。
耳元で雨粒が当たる傘布の音が激しく鳴り響く。
彼女の意思とは関係無く、景色は横なぐりの雨に傘を立てながら、闇の中を進んで行った。
わずかな外灯も雨によって光を遮られ、ほとんど真っ暗闇に近い中をゆっくりと後へ流れて行く。
(…これ…あの人の見た……)
不可解な場景の意味を由貴はようやく理解した。
次の瞬間、閃光が彼女の身体を包み、視力を奪われた。
激しい衝撃に足元は飛ばされ、
その反動で頭を叩きつけられる。
「!!!!」
雨で濡れたボンネットの上を滑り、顔面がフロントガラスに潰された。
朦朧とする意識の中、戻った視力に映ったのは恐怖に歪んだ男の顔だった。
「ハッ!……ハッ…ハッ…」
由貴は跳ね起きた。そこはベッドの中だった。
激しい息遣いと共に、涙が頬を流れ落ち、両手は胸を押さえていた。
カーテンのむこうからは陽光が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてる。
(…な、なんて可哀想な……)
夢の中、由貴はようやく心臓をくれた女性の無念さを理解した。
そして、彼女は決心した。
彼女の無念を必ず晴らしてやろうと。