「命の尊厳」中編-3
仄暗い頂上。
(…昨日…見たひと……)
踊り場に佇む女。
その姿は、漆黒に孤立しながら存在する回廊の頂きに在って、哀しみを訴えるような目で、由貴を見つめていた。
その唇がなめらかに動く。
何かを語り掛けている唇は、由貴には読み取れない。
(…何?何を…伝えたいの…)
由貴は必死に唇の動きに目を凝らした。
『……ト…ビ…ラ……』
唇の動きが、そう形語った。
(扉って…扉がどうしたの?)
『……ム…コ…ウ……』
(扉のむこう?)
由貴は女のそばを通り抜け、扉の取手を掴むと、ゆっくりと開放する。
暖かな日差しと風の匂いが由貴の肌を包み込む。
最初に見た時と同じように、扉のむこうには遥か下界の景色が彼方まで広がっていた。
『…ム…コ…ウ…ヘ…』
(えっ?)
声に振り返る由貴。
しかし、声音が拡散されてしまうように女の姿は消えていた。
(扉のむこうって……)
由貴はもう一度下界の景色を見つめた。
その瞬間、何かの力に身体が引きずり込まれ、扉の外へと飛ばされた。
「――いぁぁぁあああーー!!」
ベッドに眠る由貴の身体が跳ねる。
下界へと飲み込まれる中で、激しい風切り音が耳をつんざく。
「……!」
凄まじい勢いで地面が迫って来た。落下しているのに、身体には浮遊するような感覚が宿る。
「いやああっ!!」
悲鳴と共に由貴は目を開いた。
先ほどまでの、風切り音や浮遊する感覚は消え失せている。
しかし、見開いた目に映ったのはベッドの上で無く、バスルームの鏡の前だった。
暗闇の中に映る自身の姿。