「命の尊厳」中編-20
「由貴!大丈夫?」
そばに居た京子が駆け寄り、心配気に顔を覗き込む。
「…だ、大丈夫。ちょっと…気分が悪くなったの……」
「そう。とにかく…今日は帰りましょう」
京子は娘の手を取り、ゆっくりと立たせようとすると、
「…どうか、なさいましたか?」
背後から声が掛かる。ハッとした京子が振り返ると、白髪の老人が後に立っていた。
「…いえ、娘がちょっと具合を悪くしまして……」
「それは、お困りでしょう。すぐそこに私の家が有りますから、休まれては?」
老人は指差した。そこは京子達が通って来た道の古い家だった。
「ありがとうございます。お気持ちだけで結構ですので……」
「そうですか…」
京子が恐縮した様子で断ると、老人はやや寂しな表情で、2人の前を通り過ぎようとする。
その老人を由貴が止めた。
「…おじいさん。あのお屋敷って…?」
先ほどの屋敷を指差すと、老人は表情を曇らせた。
「あそこは勅使河原さんのお屋敷だ。昔はこの辺りを取り仕切る大地主さんだった…」
老人が言う通り、周りの旧家とは明らかに規模が違っている。
「…おじいさん。だったと言うのは、どういう意味ですか?」
由貴の問いかけに、老人は躊躇しながら答えた。
「元々、後に見える新しい住宅街も、勅使河原家の土地で農地だったんだ……それを先代の家主が売ってしまわれて。今では私達のように昔からここに住む者とも、付き合いは無くなってしまった……」
老人の顔が悲しげに映る。
「そうですか……」
「特に今の家主と息子は、放湯三昧をしているそうだ…もう、付き合いも無いがな…」
由貴と京子は老人にお礼を言って帰路についたのだった。
朱色に染まった街並みは段々と色痩せ、薄暮から闇へと移り変わる。
そんな刻一刻と変わる景色を眺めながら、由貴がポツリと言った。