「命の尊厳」中編-2
「そういう事実は数例、聞いた事はあります。その状況は多岐に渡りますが、主なモノとしては味覚や嗜好品の変化、性格の変化などと言われています。
ただ、移植との因果関係も解明されてませんから、公式な場では発表されませんが……」
「やはりそうですか!」
楢原の回答に思わず力が入る加賀谷。その表情は、まるで憑き物が失せたかのように晴れやかだ。
だが、次の言葉が加賀谷の気持ちにストップを掛ける。
「加賀谷さん。お気を悪くされたら謝りますが、この件に関して、あまり深入りしない方がよろしいと思いますよ」
「…えっ?」
楢原は加賀谷を諭すように言葉を続ける。
「…私たちは医者であり科学者です。研究者ならともかく、憶測を追求するのはどうかと……
仮にもし、それを患者さんやご家族が知る事にでもなれば、中には落胆されたり、嫌がられる方も居るでしょうから……」
楢原の意見はしごくもっともだ。加賀谷は丁寧にお礼を言うと、受話器を元に戻した。
両手を頭の後で組み、背もたれに身体を預ける。
加賀谷は、改めて由貴に伝えた事の重大さを噛み締めしていた。
静まりかえった夜中。
〈ドクン!〉
眠る由貴の心臓が脈動を速める。それはまるで〈別の意識〉が目覚めるかのように。
「…ううん…ん…」
苦痛に眉根を寄せ、無意識にうめき声があげる。
夢想の中で彼女は見た。
どこまでも広がる漆黒の空間に浮かぶ、どこまでも続く回廊。
由貴は今日こそ目的を果たしたいと思った。
(あの人に逢いに行こう…)
彼女はゆっくりと回廊へと近づき、階段に足を掛けた。
(…!)
異様さに気づく由貴。足裏に、ひんやりとした感触が伝わってくる。
一段目を登ろうとすると、
(…えっ?身体が……)
今まで、いくら登っても羽のように軽かった身体が、その日は存在を主張するが如く全身を軋ませる。
上り始めて数分もすると、呼吸が乱れ始める。由貴は顔を険しく歪がませ、片足を次の段に乗せると、手すりを掴む腕の力で身体を引き上げた。
(…はぁ…はぁ…はっ……)
額やこめかみから汗がしたたる。
漆黒の螺旋を這い登って行く内に、回廊は次第に存在を表していった。