「命の尊厳」中編-19
ー夕方ー
辺り一面が朱に染まる頃、由貴と京子は帰りの車窓から場景を眺めていた。
「お母さん。遅くまで付き合ってくれて、ありがとう」
由貴はそう言って頭を下げる。
改まった娘の言動に、京子は不可解な顔をすると、
「どうしたの?急に……」
由貴に問いかける。彼女は、ややはにかんだ表情で母親に言った。
「…その…私のワガママを聞いてくれて…」
それは救急病院を後にしてからの出来事だった。
桜井のクルマで救急病院に向かう途中、由貴の容体は徐々に良くなり、到着した頃にはすっかり元に戻っていた。
病院の処置室で点滴を受けながら、由貴の表情は柔らかだった。
(…よかった…諒子さん。居てくれたんだ……)
連日のように夢に現れていた諒子が、急に消えてしまった事に不安を覚えていた。
その諒子が現れてくれたのだ。
病院での処置を終えた由貴と京子は、帰りの駅へ向かうバスに乗ろうと、通りの道を歩き出した時に由貴が言った。
「お母さん。先刻の現場に連れて行って欲しいの」
「先刻の場所って……刑事さん達は居ないわよ?」
「いいの。連れて行って」
京子は懇願する娘を見つめた。
母親に向けたその顔は、憔悴し切っていた。
京子はしばらく考えてから、
「分かったわ」
そう言って頷くと、通りを流れるタクシーを捕まえて、先ほどまで居たの現場へと向かった。
タクシーを降り、再び現場に立った由貴と京子。
先ほど見た道の先を見た途端、由貴の心臓は鼓動を速めた。それは、まるで諒子が存在を主張するように。
由貴は歩き出す。
諒子が何を伝えたかったのか、確かめようと。
道の両サイドを埋める家並みを過ぎると、ポツポツと建ち並ぶ旧日本家屋。
その先は道が狭く、上りの傾斜が続いている。
ゆっくりとした足取りで先へと進む由貴。やがて坂道を上り切ったところで、大きな屋敷が現れた。
1世紀は経つと思わせるような趣きの有る家屋。その先に有る大きな貯水池と雑木林。
心臓は、さらに速いテンポで鼓動を刻みつけ、耐え切れぬ由貴は、その場にしゃがみ込んだ。