「命の尊厳」中編-18
「ここで閃光に包まれ、身体ごと飛ばされ、クルマのボンネットに乗り上げた。そしてクルマが止まった勢いで、アスファルトに落とされて、この向きに倒れたわ……」
桜井の身体が小刻みに震えた。となりで聞いていた鑑識官達も、驚きの表情を隠さない。
彼女の証言には、ひとつの間違いも無く発見状況と一致していたからだ。
そればかりか、経緯までも彼女は覚えていた。
最初は半信半疑だった桜井の心が、信頼へと変わった。
(…これで容疑者まで辿り着けるかもしれない…)
桜井の中で燻っていたモノに火が付き、身体が熱を帯ていく。
「く、クルマは!?どっちに走り去ったんだ!」
気付けば分かり得なかった情報を欲して、両手で諒子の腕を掴み詰め寄っていた。
「…ライトの光は…左に消えて行ったわ…」
諒子は、その方向を指差した。
「この先か……」
新たな証言を得た桜井は、興奮を抑えるように静かに言った。
その時だ。
「由貴!!」
突然のかん高い声に、我に返った桜井。振り返ると諒子こと由貴が倒れ込んでいる。
「大丈夫か!?」
桜井が駆け寄った。由貴は蒼白な顔に脂汗を滲ませ、心配顔を見せる母親の腕を掴んだ。
「…だ、大丈夫……ちょっと目眩がしたの……」
桜井は首を振りながら京子に言った。
「…今日は止めましょう。近くに救急病院がありますから。そちらへ向かいましょう」
そう言うと、由貴を抱きかかえてクルマに乗せて、現場を後にした。
「…すいません……急に気分が悪くなって…せっかく捜査中なのに…」
向かうクルマの中で由貴は苦しさに喘ぎながらも、中止させた事を気に病んでいた。
桜井は、そんな彼女の心遣いが嬉しかった。
「…こちらこそ、すまなかった。君への配慮が足らなくて……
それに、先ほどの証言はこれまでの捜査で得られなかったモノだ。必ず役立てるよ」
桜井の気遣いに、由貴は逆に恐縮してしまう。
「…でも…私、ほとんど覚えて無いんです。ただ…道の先を見てる時に意識が戻って。それから心臓の鼓動が速まって…」
由貴の言葉に桜井は数度頷いて、
「明日からは君…野上諒子さんから得た証言に沿って、徹底的に捜査を行う予定だ。
とにかく。今日のところは身体を休めてくれ」
正午前。桜井の運転するクルマは、救急病院へと向かうのだった。