「命の尊厳」中編-17
「…先生…何であんな事を……」
帰りのバスの中で由貴はポツリと呟いた。
この2年間。自分を励まし、応援してくれた加賀谷の心変わり。
由貴の頭は困惑し、哀しみが心を支配していた。
そんな娘を励まそうと、京子は優しく声を掛ける。
「先生は、あなたの身体の事を思って言って下さったのよ…」
そう言って聞かせるが、京子自身、加賀谷の変貌振りに違和感を覚えた。
当然、由貴は納得しない。
(だったら最初から反対している。何故、今頃になって……)
由貴は俯いてしまった。心の中は、哀しみと悔しさで溢れていた。
ー2日後ー
桜井の運転するクルマは由貴と京子を乗せて、野上諒子が轢き逃げされた現場を訪れた。
「着きました。降りて下さい」
由貴達がクルマを降りると、前方に作業服姿の男性2人組が近づき、にこやかに挨拶してくる。
「彼らは鑑識官です。由貴さんの証言を鑑識で得た情報と照合した上で、捜査資料に加えようと思いまして…」
桜井は紹介を終えると、由貴を現場近くに案内した。
「この辺りなんだけど……」
彼はあえて被害者の発見場所を伏せた。彼女の反応を確認したかったからだ。
すると由貴は、
「…ここじゃ無いわ。もっとむこうよ」
由貴はいつもと掛け離れた声を発した。桜井と京子は、驚きの表情で彼女を見つめる。
いつも表情豊かな由貴の目が、まったく表情を表さずに桜井を見据えていた。
「由貴…?さん…」
あまりの変わり様に、桜井は思わず訊いた。すると由貴は低い声で、
「私は野上諒子…今は由貴の身体の一部よ…」
桜井の背中に冷たいモノが走る。
京子も言葉を無くしていた。
由貴の話から聞いてはいたが、娘の姿をした別の人格が、面前に居るのだ。
「…じ、じゃあ野上…さん。あなたがクルマに轢かれた場所は?」
混乱する頭をかろうじて制した桜井は、由貴こと諒子に事故当時の状況を問いかける。
すると諒子は、道路を右端に寄ってゆっくりと歩きながら、
「私は傘をさして、この辺りを歩いてたの。そして……」
彼女が例の四つ角に差し掛かる。